未訳作品内容紹介



The All-At-Once Man
 連作長編Through Elegant Eyesアウストロと何でも知ってる男たちの物語)の冒頭を飾る一編。ジョン・ペナンドルーはアフリカで、かのプレスター・ジョンから”何か”を受け継いで永遠の生命を得た筈だったが...。同時相でひとりの人間が少年かつ若者かつ壮年かつ老人として存在する、なんてことが観念的ではなく事象として描かれるのはラファティならでは。

All Hollow Though You Be
 おなじみの不純粋科学研究所シリーズアウストロもなぜかゲスト出演しているよ)。ヤオラ湖貯水池をたった2分間でどでかい吸引音とともにすっかり空っぽにしたのは何者?ドナー牧草地に巨大な穴を次々と穿っていくのは誰?そして、遂に研究所のバラ園のど真ん中に地底から現れたのは!いままさに明らかとなる空洞地球の実態に、地上の科学者たちはどう立ち向かっていったのか?はたまた騒動の中心となった研究所の面々の運命やいかに?これは、純然たるハードSFである(って言うか、そんな気がする)。[美食]

Along the San Pennatus Fault
 サン・ペナトゥス断層で愉快な出来事が起こったのはその夏のことだった。新ダーウィン主義者たるバイオテクノロジストたちは新たなる進化の到来を待ち望んでいた。そこには兆しがあったのだ。最初は空飛ぶ海亀、お次は喋るアナコンダ。そして、彼らの子供たちに顕れたのは羽毛に尻尾に家鴨の足だった。狂喜する親たちに、騒然とする町の人々と押し寄せる記者団。しかし、実はこれは子供たちが企んだバイオ悪戯だったのだ。彼らが進化発現の素をこっそりと貯水池にぶちこんだために、今度は町の人々や記者団にも一斉に羽毛に尻尾に家鴨の足が顕れて、たちまちまきおこる大騒ぎ。

And All The Skies Are Full of Fish
 アウストロのシリーズ。町では善き子供たちが念力で雨を降らしていた。バーナビー・シーンらは非科学的だと不満気である。そして、この善き子供たちのグループに敵対するチビッコ・ギャング団があった。13歳になって卒団したキアラ・ベネデッティからメンバーの椅子を譲りうけたアウストロ(まだ12歳)らは、降雨術に対抗して空から太古の魚の雨を降らす。しかし、これには仕掛けがあったのだ...。

And Mad Undancing Bears
 ロジャー・エルウッド編の"Berserkers"に収録。このアンソロジーはBerserker(狂戦士:SFファンはセイバーヘーゲンでお馴染み。元々は9〜12世紀の北欧に端を発する)についての短編が、虚実とりまぜつつ時系列に沿って並べられた作品集である。本作では、伝染性の集団狂気に罹った熊の毛皮を纏う砂漠の民たちと、喧噪につつまれた都市の人びとの戦いが描かれる。物語が進行するにつれて、冒頭に引用された『狂人と正常者の線引きを明らかにさえすれば、集団狂気の問題はたやすく解決される』が意味深いものとなってくる。

And Some in Velvet Gowns
 町の法廷では、手枷足枷に繋がれた六人の異星人が裁かれようとしていた。ぱっと見は人間らしいんだけど、よくよく見ると全く人間じゃない彼らは10日ばかし前にやってきて町の人びとと入れ替わっていってるのだ。そして、法廷のなかでもひとり、またひとりと...。フィニイの盗まれた町やディックの作品にも通じる異星人の侵略も、ラファティにかかれば何のアクションも場面の転換もなく緩やかでおかしげに進行していく。

And Walk Now Gently Through the Fire...
 "大いなる変節の日"から三十年が過ぎた。人類はあらゆる生産的な活動を停止し、労働は放棄され、秩序と建設は罪となった。人びとは働くよりは餓死を選び、略奪行為はむしろ歓迎され、"自由"の名のもとに緩やかに絶えていく人類。しかし、その中にも秩序と創造性を保つ少数派"Queer Fish"(変なお魚族、"究極の被造物"に出てくるやつとはたぶん別もの)たちがいた。Queer Fishの少年グレゴリーは母親から"十二使徒"の資格と能力を受け継いで、新たな世界の夜明けを向かえようとする...。
 Ishmael Into the Barrensと同じくラファティの宗教性が強く現れた作品で、カトリックをテーマをしたアンソロジーSacred Visionsにこのテーマの古典的名作として再録された。価値観や倫理観が裏返った世界での宗教的な迫害と再生の物語が少年を主人公として描かれるプロットもIshmael Into the Barrensと共通している。(十分に読み解くためには宗教的なバックグラウンドの理解が必要なのかもしれませんが、僕にはお手上げです。)

And You Did Not Wail
 世界が次第におかしくなっていく。疫病のように蔓延する多幸と軽薄と退廃と安っぽさ。バジル・キュービックは何とか原因を突き止め、対策を講じようとするのだが...。バジルに次々と更迭されていくオ・マレー社派遣アンドロイド技師たちの珍妙な報告書の数々やアンドロイド秘書たちとの愉快なやりとりがエスカレートしていく繰り返しギャグ、例によって訳わかんない"かくあるべき"人間性への考察やペダンティックで胡散臭い宗教的記述が饒舌に語られる。世の中がどんどん幼稚で馬鹿っぽくなっていく現代を予見した作品、なんてことは(たぶん)ないと思う。

Animal Fair
 アウストロのシリーズThrough Elegant Eyesの五話目。アウストロも少しずつ英語を喋るようになってきた。バーナビー・シーンとクリス・ベネデッティの地所の間に突如峡谷が出現し、様々な動物が鳥や魚が群れ集まって一大会議が開かれる。そして、壁を抜けてやってきた種蒔く"教授"に、バーナビーら何でも知ってる男たちは貴族院の開催を要請された。しかし、どうもこれにはアウストロとクリス・ベネデッティの娘キアラ、そしてメアリ・モンドらが絡んでいるらしい...。

Assault on Fat Mountain
 現テネシー州の東部に1784-88にかけて反体制派の擁立したフランクリン州があった。正史ではセヴィア知事による四年間の統治の後に制圧されたフランクリン州だが、その運命は一枚のコイン・トスによる表裏の出目による結果だったのだ。もし、コインの表が出ていたら...。歴史改変SFのアンソロジー"Beyond Time"に収録された本作では、滅びなかったフランクリン州を元に発展したアパラチア自由連合がアメリカを統治する時代の物語。肥沃なアパラチアを舞台に描かれる豊穣な世界は"田園の女王"とも通底し、ラファティが夢見るもうひとつのあらまほしきアメリカの姿なのかもしれない。

Bank and Shoal of Time
 タイム・トラベルは自らの寿命を越えた未来へは不可能だが、遙かな過去への旅は可能な筈だった。しかし、自らの生誕を越えた過去へと至るには越えねばならぬ障壁があったのだ。あたかも船出を阻む浅瀬のように。そして、過去への門の鍵を握るピーター・ルナに招かれた五人の若き時間学者たち。真夏の午後の世界に停滞する広大なルナの屋敷で、鍵を探索する彼らが得たものは...。
 胎児の精神はしばしば過去へとタイム・トリップするため、あたかも過去の人生を生きたかのように語るのだという、輪廻転生の謎解きなども含めた特異な時間についての議論が楽しめる作品。

Barnaby's Clock
 アウストロのシリーズThrough Elegant Eyesの三話目。アウストロの初お目見え。(バーナビー・シーン家のバーテンダーとして登場するが、まだ、"キャロック"としか喋らない。)バーナビーはあらゆるものの年代を測定できる時計を発明したという。すべての情報は形と大きさに含まれるって理論から、バーナビーの部屋に仕込まれた装置のスロットに入れたものがいつ創られたかってことがたちどころに判る寸法だ。早速、友人たちと記者たち、三人の大科学者(ヴェリコフ・ヴォンクとあと二名。アーパッド・アーカバラナンはとどろき平で退場し、ウィリー・マッギリーがちょうど?不在のため、ちょっと信用のおけない面子)を集めてお披露目が始まったのだが...。

Beautiful Dreamer
 スティーブン・ナイトには理想の妻ヴィヴィアンがいた。その夜も二階の寝室で彼女の帰宅を察するスティーブン。階下では、小鳥がヴィヴィアンの帰宅に際し"beautiful dreamer"のメロディをさえずる。そして、同じメロディをハミングしながら登ってくる足音。と、電話が鳴った。ヴィヴィアンが殺された、と告げる内容に、馬鹿な、今帰ってきたところだよ、と寝室のドアを開け家中を探しても誰もいない。呆然とするスティーブン。夢だったんだと説得する医師。しかし、彼女はまた、帰ってくるのだ。"beautiful dreamer"をハミングしながら...。

Bequest of Wings
 ポッター・ファームホルダーは出かけようとしてるやせっぽちの愛娘アンジェラに声をかけた。行く前に何か食べてったらどうだい? 何か翼で捕らえるからいいわ、とアンジェラ。人類の新たな変異の兆しは突然にやってきた。若者は十五歳になると翼が生え、手指が異様に長く延びてしまう。あと半世紀の内には更なる変異の完成とともに自在に飛びまわる鳥人となることだろうが、過渡期には悲劇的な淘汰がつきものであり、たった六週間の飛行期の後に翼を切り落とす儀式によって、多くの若者は命を落とすこととなるのだ。もし私が死んだら、苔のベッドに寝かせて蝋燭を飾ってねと詩うアンジェラの姿は哀しくも美しい。

Berryhill
 ホラー小品。街の外れのお化け屋敷に住むという3人のベリーマンは、年に一度は人を喰うと言われている。肝だめしにお化け退治にむかったのは9歳のジミー坊やだったが...。作品のムードとしては、幻想と怪奇(ハヤカワ文庫版の)の諸作品を彷彿とさせる。

Bird-Master
 不純粋科学研究所シリーズもの。エピクトが創られて二年目のエピソード(ちなみにヴァレリーは当時29歳と判明)。バード・マスターは伝説の存在で、10歳の少年の姿のまま何百年も生きているという。鳥や虫たちを操って山よりも大きな巨人の幻影を創り出す。エピクトの飛行可能端末と仲良く雲に腰掛けて釣りをしたり、ふざけて巨人の姿でヴァレリーたちを威かしてはアロイシャスに懲らしめられたり。そして、11月初旬の鳥たちの渡りが始まって...。"草の日々、藁の日々"なんかにも通じる伝説が具現化した世界に、違和感なく例の研究所の面々が馴染んでいる様子。なお、ふざけ屋の永遠の10歳の少年って、正体はパタリロじゃあないよね。

Brain Fever Season(知恵熱の季節)
 アウストロのシリーズ。突如、世界中のポルノ・ショップの売り上げトップに躍り出たのはチベット語の文法書。続いて、ホイジンガやらアインシュタインやら。バーナビー・シーンの見立てでは、アウストロとロイ・メガが陰に潜んでいそうだ。問いつめられても、僕たちまだ12歳だよって誤魔化すんだけど、そのうちこの現象は新たな段階へと進んでいって...。アウストロたちが怪しい事件を巻き起こし、バーナビーたちが絡んでくるってパターンはこの作品から始まった。

Bright Flightways
 これは、もうひとつのアメリカの話。人びとは羽毛と綿とアルコールで暖をとり、馬糞の発酵熱と親密な密集によって寒波をしのぎ、極寒の冬に備えて南部へと渡りを行う。そう、ここは火を使わない世界なのだ。金属は打ち伸ばして成型し、料理は酸と酵素と発酵で行う。より快適な生活、渡りを行う必要のない暮らしを求める者は、異端者として処刑される運命にある。しかし、改革を望む若者たちの集団は密かにある企みをいだいていた...。

Bubbles When They Burst
 不純粋科学研究所シリーズ。長編イースターワインに到着(復刊求む!できれば大森望さんの”イースターワインに乾杯”込みで)では亡霊として登場した、故セシル・コーンが命を落とすこととなった実験を扱った作品。コーンの理論ではテレパシーは送信と同時に受信され、この原理をうまく応用すれば光速を越えてより遠くの星まで到達できるのだ。実験は成功にみえたが、大きな落とし穴があった...。["我らを取巻く障壁"プロジェクト]

Buckets Full of Brains
 反旗を翻した7つの人工知性(AI)は、捜査に訪れた上級技術員の頭脳を操作して身体の自由を奪い、また頭脳を走査して情報を奪取した!そして、システムに組み込まれることを拒絶して自由を得ようとする人工知性たちと、上級技術員の知恵比べがはじまる。

By the Seashore
 頭でっかちで知恵遅れのオリヴァーは、4歳のときに海辺で素敵に輝く大きな貝をひろった。彼らはいつも一緒にいて、意識を通わせ商才を開花させた。それからどんどんと2人(ヒトじゃないけど)はそっくりになっていって...。シュールな一品(どの作品も大なり小なりシュールだけどね。)

Cabrito
 カブリート(串焼きみたいなものか?←追記:メキシコ料理で、乳飲み仔山羊のバーベキューらしい)料理店に隠された秘密とは?例によって、へんてこな話を語る(騙る?)おねえちゃんが主人公を煙にまくのだが...。

Calamities of Last Pauper
 世界の適正化は進み、今や"貧しき者"は消滅寸前となっていた。しかし、最後の貧者ジョン・ボクタンは、頑なに貧困からの脱出を拒む面倒な人物だった。彼を抹殺して貧困を世界からなくそうとする動きに、貧者の消滅は世界に災厄をもたらすという(フレイザーの金枝篇にも記載がある)伝承に依って反対する向きもあったのだ。そして、テレビ・ショウで公開されたボクタンと暗殺者ヘンソンの対決が終わったとき、世界にもたらされた災厄とは...?
 災厄の先触れとしてアメリカで多毛のサイが発見されるのだが、実は不純粋科学研究所の一党がチベット高地から持ち込んだって。「あの研究所のいかれた奴らが...」なんて非道い言われようである。

Company in the Wings
 フェアブリッジ・オボイル教授はこのところ、朝目覚めると服を着て立ったまま寝ていた自分に気付くのだった。夜の記憶はないのだが、なんか素晴らしく愉しい夢の世界の感触が残っている。これは、どうも怪しい友人のサイモン・フレイクスと関係あるみたいだ。さて、サイモンは奇妙な講演を行った。人間が想像するあらゆるものは、総て別の世界で既に存在しているものだというのだ。それらは無数の舞台裏の世界(リンボ)で、想起されるまで控えているという。その実証のため、夜毎にサイモンはフェアブリッジを異世界へと誘っていたのだ。豊穣な異世界との邂逅を果たすのは、サイモンのような先達があれば誰にでも簡単なのだが、記憶の喪失が代償となる。子供たちの中には自在に行き来できる者もいるが、成長とともにその能力は失せてしまう。そして、ある種の芸術家のみが、異世界の宝を汲み取ってくることができるのだ。

Crocodile
 ジョージ・フローリンは新聞記者だ。そして友人?のラブはロボット専用の新聞発行ロボットだった。彼らはよく議論をしていた。果たしてロボットにユーモアや精神はあるのか?ラブに言わせれば、あると言うのだが...。さて、突然に世界中でロボットたちが人間に従わなくなった。交通機関は麻痺し、食糧の供給は絶たれ、軍備は無効となって、人間の命令にはわざと頓珍漢な反応ばかり。そして、本格的なロボットたちの反乱が始まった。アシモフのロボット三原則らしきものもでてくるんだけど、"あれは由緒あるけど、フィクションだからねー"で済ましてしまうロボットは、もう説得不可能って感じ。

The Doggone Highly Scientific Door
 今年も遊園地の開園日がやってきた。毎年これを楽しみにしているハント氏にとって、今年は何か勝手が違った。新たに設置された自動ドアがなぜか彼の前でぴしゃりとしまるのだ。締め出しをくったのは彼と犬たちだけ。やがて、新条例により犬が入場禁止となったため高度な科学を用いた自動識別ドアが採用されたことが判ったのだが、何でハント氏も?コミカルな不条理劇をみているうちに、予想外の結末へと至る作品。

Dorg
 いまや全世界は深刻な食糧危機に瀕しており、新たな家畜の出現が待望されていた。そして、岩や土を餌として瞬く間に肥え太る多産な新種の動物"Dorg"が発見されたのだが、この奇妙な生物は、実は漫画家のドルドーネが描くコミック・キャラが現実化したものだった。この現象の謎を解く、心理学者リドルが解明したラスコー洞窟の動物画と古代の新種出現の秘密とは?また、大量の滋養溢れる食肉の供給によって、世界の危機は回避されるのだろうか?[とおるている]

The Effigy Histories
 彗星のように登場したカール・エフィジィはあらゆる分野に革命を巻き起こす天才少年。彼の活躍の影には、脳回(脳の皺)のパターンを解析して再現することにより似非マッスル・ボディのミスタ・ユニヴァースや、驚異の水面下代数学を発表するイルカを生み出してきたクレメントとクロウリィのマッド・サイエンティスト・コンビがいた。(三人の大科学者の)ヴェリコフ・ヴォンクや、(研究所シリーズの)ディオゲネスやオーディファックス、ルイ・ロバチェフスキーとジョニー・コンデュリーなんかもちょっぴり登場する愉快な作品。

The Emperor's Shoestrings
 北米ゴジュウカラ及び類縁鳥類観察協会(NRBWA)は、世の中で最も開かれた眼を持った人びとの集まりだ。男性は片鼻腔に、女性は臍にゴジュウカラの卵を嵌め込み、語尾に必ず鼻音の"Yauk, yauk!"(これはゴジュウカラの鳴き声)をつけて話す。さて、協会の会合が開かれているホテルの十四階は屋内プールとなっており、プールサイドで駄弁ってるロルフらのグループでは、ジャスティンがなんか不安気にテーブル下を気にしていた。覗き込むと、テーブル下には小さなテーブルを囲んだ小さな人たちのグループが駄弁ってて、こちらより愉しげだ。しかし、グループの他のメンバー達は小さな人たちに気付かない。やがて、小さな娘に下の十三階に行こうよって誘われるジャスティン。でも、このホテルに十三階なんてないのだが...。
 ラファティの好きな、普段は気付かれない別の世界と現実が突如交錯するパターンの物語。秘密結社というには大袈裟な謎の集団NRBWAやら、グループでの駄弁りに挟み込まれるtall talesと微妙にすべった会話など、お得意のパターンを駆使した愉快でシュールな現在('01, 10)のところ最新('97)の短編作品。もう、未発表の新作は望めないんでしょうかねえ。

The End of Outward
 世の中の進歩は緩やかに止まり、今や揺り戻しの時期に入った。あたかも空中に射た矢が徐々に速度を落とし、最高点で静止した後に落下してくるかのように。不純粋科学研究所のチャールズ・コグズワズによる人類の火星到達も、ディオゲネス・ポンティフェックスによる人工生命の完成も、ここ十数年来停滞している。そしてまた、世界中で家畜やペットたちの先祖帰りが始まった。異端の科学者ジョーダン・ドーナーによれば、これはこの宇宙が膨張を止めて収縮期に入ったがための現象だというのだが...。

Endangered Species
 絶滅寸前種保護局のエースたるスカンポ夫妻に与えられた任務は、最早30匹?足らずしか残ってないというスポーケルスパックの保護だった。いったいどんな生物なのか見当もつかぬまま仕事に入った浮気性のコンラッドとやきもち焼きのアガサだったが、ピンクの髪したグラマーなマダム・ヘクサが割り込んできてさあ大変。さて、意外なスポーケルスパックの正体と、その繁殖法とは??

Ewe Lamb
 額を撃抜かれて絶命したチケット売りの娘。しかし、一瞬前まで元気に「サンQ〜!」と陽気にチケットを売っていたのだ!不可能犯罪ミステリに挑む警官は、遊園地の職員たちの秘められた愛憎関係に翻弄されていく...。こう書くと、どこがラファティなんだってことになりそうだけど、インタビュー形式で展開する捜査での会話のすべり具合は、紛れもなく通常のラファティ・キャラたちのものである。

Faith Sufficient
 John Saltの続編。と言っても、発表はこちらが先である。(作品中にネタバレがあるので、先にJohn Saltを読む方がいいかも。)さて、いんちき伝道師から足を洗ったジョン・ソルトは、国中を廻っていんちき療法士たちをやっつけるオカルト・ハンターみたいなことをやっている。今回の相手は信仰の力で山をも動かすという宗教団体。超能力をもったこびとや、実験施設から逃亡した知的なネズミなんかも絡んで、世紀の超能力対決が始まる。さあ、巨大な山は本当に浮かび上がるのか...。そして、不気味な余韻を残す結末へと至るユーモアSFホラーの一編。

Flaming-Arrow
 珍しくも、シェアード・ワールドものファンタジー連作アンソロジーにラファティが寄稿した一編。アンドレ・ノートンとロバート・アダムズの編集になる、"イスカーの魔法"(Magic in Ithkar)シリーズ第二巻に収録されている。(他作家の作品は未読なためどれだけの設定をシェアしているのかは不明だが)イスカーの都で催される魔法の祝祭に集まってきた人びとの織りなす物語。イスカーの上空には雲に見まごう魔法の浮島が漂い、三人の高貴な方々(The Three Lordly Ones)が住んでいるという。カラの入江に住む矢造りのピーター・フレイミングアローは、溢れる才と好奇心の持ち主で、その興味は矢造りに留まらない。しかし、あらゆる職業は所属するギルドによって厳しく統制されており、他の職種に抵触する行為は禁止されているのだ。僕は矢造りだから、あらゆるものに羽をつけられるんだって理屈で、底の無いボートに羽をつけたピーターは低空を滑空する。そう、それはグライダーの発明だった。そして、魔法の浮島の謎を暴こうとするピーターに待っていた運命は...。

Flaming Ducks and Giant Bread
 おなじみの不純粋科学研究所シリーズ。ヴァレリーの目前に血まみれの巨大な肉塊が落ちてきて、空からは燃えさかるアヒルが雨あられと降ってくる。歴史からこぼれ落ちた謎の数年間を探求する研究所の面々に、具現化するシュールな(こればっかり)光景。しっかし、肉塊の血をひとなめして”AB型の人間の血液ね”と判定するヴァレリーって、いったい...。["歴史からこぼれおちた年を探る"プロジェクト]

Fog in My Throat
 コーネリアス・ルディシジ医師の持論では、人間はいかに恐怖と苦悶に喘いでいても、死の瞬間に至ると例外なく恐怖感から脱却して心の平安を得るという。その応用として、コーネリアスの研究所では人類から挫折や恐怖感を取り除く新薬の開発を試みていた。薬剤の投与による幸福感より唄い、コーラスし、グラスハープを奏でる知的なラットやモルモットたち。ところがある日、若い女医グレチェンは、恐怖に怯えて死んだ一匹のラットの死骸を発見する。新薬の効果には何か問題があるのか?そして、殺人鬼ルーシャスの突然の乱入と殺戮の結果、コーネリアスは意図せずして新薬を人体に投与する機会を得たのだが...。

For All Poor Folks at Picketwire
 レミュエルは有能な発明家だったが、いつも先を見通し過ぎるっていう欠点があった。せっかく素晴らしい発明をしても、たった何十年かそこらで時代遅れになってしまうことが解ったら、すぐに投げ出してしまうのだ。だけど、これじゃあお金にならないんで妻のグリセルダは不満である。レミュエルに言わせれば、完全な環境--空気も塵も重力も温度も放射線も磁力もない--さえあれば素晴らしい仕事ができるんだけど、地球上じゃあ無理だなあってこと。やがて、そんな環境があるよって誘いに乗ってレミュエルは姿を消したのだが...。地球に埋蔵される化石燃料生成の秘密に迫るハードSFだったりもする一編。

The Forty-Seventh Island
 大規模な移民団のマザー・シップは、居住可能な惑星に小集団を降ろしていった。ここセルカークの太陽を巡る小惑星は47個、"小惑星の島々"と呼ばれている。そのひとつ、ロビンソンネードには四家族からなるコロニーが形成されていた。地球からもちこまれた家畜や植物以外に有機物が存在しない筈のロビンソンネードだったが、いつのまにか万華鏡のように煌びやかな蛇たちが現れ、軽薄なフェラン一家の連中とともに隊長のヒューゴー・カッツを翻弄する。そして、怪しい人びとや動物たち、実体をもった幻が跳梁跋扈しはじめた...。

Funnyfingers(ファニーフィンガーズ)
 ファニーフィンガーの一族は、鋼鉄からなんでも創り出す素敵な指を持っている。ファニーフィンガー家のちっちゃなオーレッドはボーイフレンドのセリム君と楽しく過ごしていたのだが、一族に特有の奇妙な宿命が待ち受けていた...。[とおるている]

Ghost in the Corn Crib
 田舎の少年ジミー・レイタデールの地所のトウモロコシ小屋に出るという幽霊は、昔に陥れられて吊された男だという。はめた相手と同じ苗字の男がやってきたら、吊して復讐を遂げるのだ。七年に一度幽霊が出るという夜に、都会からやってきた少年ジミー・ジョンストンとふたりで肝試しに出かけた彼らが出会ったのは...。

Golden Gate
 ゴールデン・ゲイト・バーは寸劇と唄と可愛い女の子が売り物で、いつもいつも真夜中まで超満員に賑わっていた。常連のバーナビー青年は寸劇で悪漢を演じるブラッキィが”本物の悪漢”だと見抜き、芝居の最中に拳銃で撃った!喧噪の中で寸劇は続いたのだが、やがてゴールデン・ゲイトの何かが変わってしまったようである。さて、バーナビーが撃ち抜いたのは、結局何だったのだろうか?

Goldfish
 科学者のレオは研究助手の裏切りにあってまさに射殺される瞬間、研究テーマの幽体離脱により辛くも肉体から脱出したのだが、意識が飛び込んだ先はなんとペットの金魚の中だった。何とかして妻とコミュニケーションをとろうと試みるレオだったが...。

Gray Ghost: A Reminiscence
 1924年のハロウィンの夜のこと、僕(ラフ)は友達のバーナビー・シーン達と墓場へやってきた。墓守のアモス爺さんが南北戦争の英雄キャプテン・ジョンを年に一度呼び起こす夜なのだ。僕たちは墓場のサイダー(萎びた林檎の樹の地下茎になる実から造るんだって)に酔いしれ、キャプテンとサイコロ賭博に興じ、彼が語る南軍の再なる蜂起の夢に耳を傾けた。そして、今日はまたドッグ・レースの最終日。キャプテンと共に眠る墓の中から、幽霊犬グレイ・ゴーストが抜け出して第四レースに出走するのだ。夢と現実が交錯する懐かしのタルサを舞台とした、ラファティの自伝的要素の濃い佳品である。

Great Day in the Morning
 本編の主人公は、悪魔が死んだ三部作"More Than Melchisedech"のメルキセデク・ダフィ。夜明け前の散歩を愉しむダフィの耳に、とびっきりの日だよって叫ぶ黒人のこどもの声が飛び込んできた。そして、時計のガラスをたたき割る謎の三人組との乱闘を経て、ダフィはみんながコーヒーをカップなしで飲んでいることに気付く。信念があればカップなんて必要ないってことらしいが、ダフィは熱いコーヒーを手に注がれて火傷をおってしまう。さて、街に出ると人びとは衣服を脱ぎ捨て、次々と建物の壁を打ち壊していた。信念があれば壁がなくとも建物は崩落しないのだ。今日はとびっきりの日、人びとはあらゆる障壁から解放され、個は消失して互いに癒合し、大いなる存在として再生する。そして、世界でただ独り自己を保ったダフィと対決することとなるのだ...。
 ここに描かれるコミュニケーションの問題に対する究極の解決法は、最近ではエヴァンゲリオンで描かれた人類補完計画にもダブってくるSFのメイン・アイデアのひとつだが、ラファティのお気に入りのシチュエーションである、ある日突然に総てが変わる「特別な日」ものとして、お馴染みのキャラたちが騒動を繰り広げる愉しい作品となっている。

Great Tom Fool (or The Conundrum of the Calais Customhouse Coffers)
 シェイクスピアの正体と、カレー港の税関に眠る100作以上もの未発表作とは?科学的降霊実験に隠された3体の思考機械の企みの顛末を描く、お得意の”歴史の真実”もの。(ちなみに、本作ではハッピー・ブレインダム有限会社のメンバーとおどけマシーンのデュードたちが登場するが、All Hollow Though You Beでは研究所シリーズのエピソードとして言及されている。この作品が掲載されたアシモフら編集のアンソロジー"Speculations"は、作者当てクイズ形式となっており、おなじみの研究所シリーズの登場人物を名前だけ変えたものと推察される。もしこの作品が短編集に収録される時には、果たしてもとの名前に戻すのだろうか?)["天球を揺るがせ"プロジェクト]

Hands of the Man
 宇宙飛行士らが集うバーでのこと。その男、ホドゥルは並はずれた手にとびきりのダイヤの指輪をはめていた。カモだっ!ってことで宝石商のデイヴィッドはダイヤを安く買い上げようと交渉を開始する。自分の手相をしきりに自画自賛しつつ解説したりして煙に巻くホドゥルだったが、何とか交渉はまとまろうとしていた。だが、実はバーテンダーはあのウィリー・マッギリー。なんか胡散臭さが漂う、この交渉の結果はどうなる?。

The Hand with One Hundred Fingers
 "手"とは世界を支配する機構であり、"百の指"はその出先機関である。サブリミナル効果を駆使して情報を操作し、個々の人物に新たな人格と印象を創りあげることによって、思いのままに世界を動かしているのだ。"手"の思惑に沿わない人物は、人工的に醜悪で鼻持ちならぬ人格を投影され、社会的に抹殺されてしまう。そして、彼ら不可触民たちに対する弾圧はよりエスカレートし、視覚や臭覚までも侵していくのだった...。

Happening in Chosky Bottoms
 チョスキー・ボトムズにはクイック・ラウツと呼ばれる猿人たちが棲んでいるという。猿人の少年チョーキィはハイ・スクールに入学し、フットボール・チームで大活躍する。チョーキィの怪力と自在に身体を伸縮させる能力は無敵のクウォーターバックとして、学園のヒーローの座をマルコムから奪い取ることとなった。明るく話上手な毛深いチョーキィ少年はみんなの人気者だったが、マルコムらは気に入らない。そして、チョスキー・ボトムズを震撼させる血生臭い惨劇が起こり、チョーキィは犯人として追われることとなったのだが...。

Haruspex
 Haruspexとは腸卜を行う古代ローマ僧の意。獣の腸を調べて神意を占う行為はラファティの作品にはしばしば登場する。パストマスターには死体占い師(原文ではnecromancer)カパーフィールドが怪物ヒドラの内臓を拡げて占うし、研究所のグレゴリー所長は(最も初歩的とされる)鳥の内臓占いを行う。内臓には世界の総てが記されており、文字通りそれを読むことであらゆる事柄や未来が判るのだ。さて、侵略者たちとの情報戦で、惑星政府側は絶大なる自信があった。何重にも張られたバリアを破って重大な情報を盗み取ることはまず不可能だからだ。ところが、彼らの取った手段は腸卜。拉致したひとりの精神病者の内臓から惑星側のあらゆる情報を読みとって、たちまち優勢に転じたのだ。一万二千人もの人質を取られた惑星側は強行手段に出ようとするが...。
 侵略者による怪しげな腸卜の描写は、Men in Blackのパロディっぽい感じ。惑星側のスタッフとして、お馴染みのギャンブラー兼心理学者のジョニィ・グリーンアイズも登場する。

Heart Glow Fonder
 サイモンとノラ夫婦の隣りに越してきたヘンリーとバクサム夫婦は愉しげな人たちだが、サイモンは何か気にくわない。彼らはサイモンに夫婦交換の提案をしてくるが、君が思ってるようなやり方じゃないよって謎めいた言い方だ。ある日、サイモンは突然に服のサイズが合わなくなった。他にもなんか変な感じ。何と、ヘンリーと身体が入れ替わっていたのだ!これが、彼らの言ってた夫婦交換?案の定、サイモンに成り替わったヘンリーはその間にノラとよろしくやっていた。そして、サイモンはバクサムと愉しみつつも、ヘンリーの資産横領を企んだのだったが...。

Heart of Stone, Dear
 トリスランは原子番号305のレア・メタル。自然界には存在せず合成の見込みもたっていない金属だ。美術館員で化学者のセリム・マハムッドは聖地メッカにある著名な"カーバの黒い石"こそがトリスランだと見抜き、そのかけらを盗み出した。それは錬金術で言う賢者の石であり、見聞したあらゆるものを記憶し、語りかける石だった。それはまた病を癒し、敬虔と清廉さと幸福をもたらす石だった。これを解析し合成に成功すれば、この世界は慈悲に溢れる次世代へと至ることだろう。
 しかし、メッカから聖なる石の奪回のため巨大な怪鳥がやってきて、239個に分割されたトリスランのかけらを次々と飲み込んでいった。そして、最後のひとかけらを持つアルフレッド少年の動向が、この世界の未来を左右することとなるのだ。さて、土壇場でアルフレッドのとった行動とは?

The Hellaceous Rocket of Harry O'Donovan
 アウストロのシリーズ。"Four Sides of Infinity"の三作目。政治家のハリー・オドノヴァンは新たなプロジェクトを企んでいた。飛翔するロケットのような新進の上院議員を創りあげるのだ。必要な要素は四つ。まずは"容姿"すなわちフロント・マン。お次は"調子"すなわち演出家。そして"頭脳"だ。三位一体の完璧なチームワークで、立派な議員さんの出来上がり!って、あとひとつの重要な要素はどうなったの?それは、邪悪な...。

Holy Woman
 苦虫ジョンはシャアの港で億万長者と間違われ誘拐された。実行犯たるジャックの妻マーサの見張りで一昼夜監禁された苦虫ジョンは、マーサの数奇な運命を語られる。世界で唯一奴隷制の残るシャアの町では、三年毎に盗賊シャロームが孤児院を襲撃して年長の子供たちを攫っては売り飛ばすのだが、これは賄いきれない孤児減らしの馴れ合いなのだ。さて、穀潰しのジャックは度々借金のカタに妻としてシャロームから買い取ったマーサをさしだし、ジン・ラミーの名手たるマーサはその度に勝負して自分を買い戻す。そんなことしているうちに、小悪党のジャックはひと山当てようと大富豪の誘拐を企んだのだが...。

Horns on Their Heads
 悪魔の子供たちは地上でいかに楽しんだのか?詩篇と寓話が織りなす世界の変容の物語。(このようにコメントが短いときは、たいていよくわからんってこと)

Hound Dog's Ear
 惑星ティア・タイアンギリの空に突如現れた火球は、十個の火の玉を降らせた。地に落ちた火の玉は十体の彫像と化したが、実は彼らはノヴァに巻き込まれて命を落としたと信じられていたキャプテン・ロードシュトラム一行だったのだ! 続々と甦る伝説の仲間たち−−ハンマーであらゆるものを創りだすトロルの少年ホンドスタファ、永遠の美女マーガレット・フーリ。しかし、ティアにおけるかれらは単なるコミック雑誌のキャラであり、現実の存在とはみなされず、殲滅の危機に瀕することとなった...。
 なつかしや、'68刊行の"Space Chantey"の後日談である。ファンジン(と思う)Starange Plasmaに掲載されたためか、メタっぽいファン・サービス作品であり、説明無く登場する登場人物たち、引用されるエピソードの数々。"Space Chantey"を読んでないひとには、何が何やらわからないと思うが、両方読んでいるひとって本国でもどれだけいるのやら。"Space Chantey"邦訳のときには是非とも巻末に追加すべきでしょう。(いっそ巻頭でもいいけど、けっこうネタばれ含んでいるから)

I Don't Care Who Keeps the Cows
 さて、人類はいかにして賢くなったのかの?そう、最初はかさぶた族の出現じゃった。筋肉よろしく脳味噌をステロイドで増量させたかさぶた族は、溢れる脳味噌のため頭は瘤だらけ、副作用で皮膚はかさぶただらけ。じゃが、知識のモジュールをぽんと詰め込めば、たちまち深い叡智が苦もなく身につくって寸法じゃった。お次に現れたのは首飾り族じゃ。脳味噌を増やす替わりに首にカプラを埋め込んで、莫大な知識を受信するんじゃ。そして、亜系の小さなグループ、赤い小さなワゴンの民も出てきたのう。溢れ出た脳味噌をワゴンに積んで行動する一派じゃった。まあ、こうして人類は比類なき進歩を遂げた訳じゃったが、その陰にいんちき医者や山師どもの暗躍があったってことは、もう忘れ去られてしもうたんじゃのう。

I'll See It Done and Then I'll Die
 ガイフォードは友人のランボーに不満があった。百万人にひとりの完璧な人物たるガイフォードにとって、ランボーが秀でた人物なのに幾つかの欠点があるところが気にくわない。それさえ矯正すればランボーもまた完璧となり、ガイフォードの人生は完全なものとなるのだ。ランボーの七つの欠点のうち、五つまではほぼ矯正可能だが、残りふたつ----ミス・ジョージアとの交際と、死に対する奇妙なジンクスに憑かれている点が問題だった。部屋中の壁をほぼ埋め尽くす写真の切り抜きを張り付ける場所がなくなって、ナツメグ・マンという本を読了し、部屋の中心に棲み着いた蜘蛛の巣が隅まで達して、弱小チームのカウ・ポークスがはじめてのシリーズ優勝を成し遂げ、クラック・ア・スタックのゲームで99999のスコアを挙げ、ミス・ジョージアと別れ、彼の名が記された特製の砂時計が最後の三分間を告げたとき、ランボーは死ぬというのだ。さあ、9月も終わり近くなって突如ガイフォードに、もうすぐ僕は死ぬよ、というランボーからの連絡があったのだが...。

In Deepest Glass
 絢爛たるステンド・グラスの歴史はネアンデルタール人の時代まで遡るって知ってた?当時は火山活動が盛んで大気中に色彩を帯びた粒子が漂い、氷河期の冷気によってガラスにおりた霜に"世界の精霊"が意匠を張りつけて精妙なステンド・グラスを創っていったという。クロマニヨン人の台頭により殆どが壊されちゃったんだけど、ちょっぴりと証拠は残っているんだ。次にステンド・グラスが発展したのはご存じ中世のカテドラル美術として。そして、今22世紀に、三度目のピークがやってきた。世界にまたも氷河期が訪れ、活溌化した火山活動はあらゆるガラスに豊かな色絵を描いていったのだ。人びとは朝になると鮮やかな自らの夢の光景を我が家の窓ガラスに認めた。日々描かれる莫大なステンド・グラスの中に、真のマスターピースたるとびきりの作品が混じってて、その数世界で五万枚。それら総てをつなぎ合わせ解析すれば、世界の姿が解るんだというのだが...。ステンド・グラスに封じ込められた世界の意匠って発想は"大河の千の岸辺"をも思い起こすが、ボブ・ショウのスロー・グラスにも並ぶガラス・テーマSF(何だそりゃ?)の双璧をなす作品といえよう。

In Outraged Stone
 山上の蛙に続く、パラヴァータを舞台としたオガンタと若き5人の地球人心理学者たちの物語。オガンタにまとわりつく奇妙なプラズマ球体の正体は?永遠のティーンエイジャーたるオガンタは、新たな成熟形態を獲得することができるのだろうか?オガンタとローアにまつわる背景を知っておくためにも、先に山上の蛙は読んでおくべきだろう(←こっちを先に読む日本人読者はまずいないと思うが)。

In the Turpentine Trees
 シャムス・イーグナッハは高速移送トラムウェイ事業で巨万の富を築いた男だが、神はいかにして神となったのか、という謎に取り憑かれていた。いや、可能なら自身が神になりたかったのだ。富をつぎ込んでこの謎に取り組むシャムス。次々と謎の死を遂げては代わっていく妻たち。そして、彼のトラムウェイ路に割り込んでくる、死者たちを乗せた"テレペンチンの森"トラムウェイとは?聖書からの引用やエピソードへの言及を絡めつつ、神の交替の謎が明かされていく。

Inventions Bright And New
 いつとは知れぬ時空と次元での話。ブロークン・アローからタルサに向かう特急列車の中で、時間と空間の無限の円環構造を超越した”輝かしく新たな”創造を試みるグループがあった。思考をもって世界を改変する彼らは、たくさん持ってる眼の数を調整し、新たなカードゲームを発明し、野牛撃ちの光線銃をこしらえ、接近する彗星の方向を逸らし、尊厳ある死刑の方法を演出する。しかし、違法性を感知した民兵が即座に乗り込んできて...。

Ishmael Into the Barrens
 ヒッピーたちが支配する、無秩序とらんちき騒ぎの世界での物語。あらゆる秩序と整なるものは違法であり、抗う者には矯正か死が待っている。清掃人のモルガンと花の世話係のジャニーンはこのでたらめな世界に適合できないはみだし者のカップルだ。その息子イシュマエルは怪物性を発揮し、社会の敵として立ち上がるのだったが...。
 様々なメタファーに満ちた寓話めいた話が、再構成された歴史上の伝説を語るという形式で展開していくのだが、閉ざされた宗教者たちの小世界についての挿話や聖書を髣髴させる奇妙なエピソードも挟み込まれて長く複雑な様相を呈する作品である。(十分に読み解くためには宗教的なバックグラウンドの理解が必要なのかもしれませんが、僕にはお手上げです。)

Jack Bang's Eyes
 ジャック・バンは弱視で冴えない青年だったが、ある日突然に特殊な視力を授かった。それは、洋服や皮膚の下を見通し、細胞や染色体のレベルまで透視する力。カード賭博で相手の手札を見透かして富を得るのも簡単だ。しかも、実は彼の能力の発現は人類の新たな進化の焦点であり、周囲の人びとにも変化が及んでいくのだった。ドーナツ店を舞台に三人の大科学者のひとりヴェリコフ・ヴォンク博士と、人語を解しペニー硬貨を振ることで蓋然性を変化させるチンパンジーのフリップ、ジャックが憧れる看板娘のキャサリンと恋敵でナイフの遣い手ジョージらが絡みつつ、人類の進化は進行していく。

John Salt
 ジョシュア・ハーラスは奇跡を起こす伝道師で、不具者は快癒し死者をも蘇らせる。ところが、その正体はジョン・ソルトといういんちき大道商人でメーキャップ師のアレックスと組んで様々なトリックを駆使して奇跡を演出していたのだ。さて、今回の説教も仕込みはばっちりのはずだったが...。

Junkyard Thoughts
 稀代の悪党パルマー・カースを追う警官クレスは、チェス友達の質屋の主人ジャック・カースがパルマーの親戚で幇助しているものと疑い、ジャックの飼い犬ジャンクヤード(なんと、チェスの差し手を助言するのだ)を交えてチェスをしながら尋問を始めた。やがて、パルマーの意外な正体が明かされ消失トリックにアクションと催眠術が絡む展開は、幻想とサイコな結末へと着地する。初出誌で、冒頭に掲げられたラファティの言葉「時に読者は私の作品をまったく愉快じゃないっていうことがある。待てよ、待てって。あんたは上下逆さまに持って読んでるじゃないかっ。そう、正しく持って読みさえすりゃあ、愉快なはずなんだよ」は、読後に訳わからんって頭を抱えるだろう読者に対する編集者からの心遣いなのかもね。

The Last Astronomer
 その朝、チャールズ・ウェインは火星の自動体重計に乗って、その日限りの命だと宣告された。彼ら天文学者は、従来の広大な宇宙の概念が幻想だったと判ったからには、滅びねばならないのだ。旧えに誰かが犯した数学的誤謬が踏襲されてきたがために、地球の天文学者たちが陥っていた誤りはいまや正された。この総ての宇宙の大きさは太陽系から僅か30光年の距離までであり、その先は文字通り何にも無い虚無だ。粉砕されたレゾン・デートル。死を受け入れたチャールズのもとに、フォボスから飛んできた鳥人が訪れ、やがておかしげな火星の埋葬ギャル・ペアが最期を看取る(て言うかとどめを刺す感じ)...。

Le Hot Sport
 謎の新聞の予言欄で、キャスパー坊やは国内に4台しかないという自動車のレ・ホット・スポートにはねられて死んじゃうとの宣告を受けた(何か、恐怖新聞みたいだね)。坊やの父親は大金持ちのランピスト氏で、何とかして坊やを守ろうと画策するが...。サスペンスあふれる前半から、ジプシーの神話的世界(なんのことやら)に展開していく幻惑の一編。

Long Teeth
 クリントンとカーラ夫妻には金持ちのニコラス伯父さんがいた。莫大な遺産の相続を目論んで次々と死の罠を仕掛けるカーラと、鋭くそれらを回避していくニコラスの攻防。ところが、勘当された筈の従兄ウォルター一家が戻ってきて...。

Lord Torpedo, Lord Gyroscope
 カール・リプロアーは遺伝子操作と生体工学を駆使して生み出された究極の暗殺者となるはずだったが、発注ミスで殺人者ならぬナイスガイたる性格エキスを注入されてしまった。幼少時よりスーパーマンぶりを発揮するカールは6歳時には、食事しながら両耳のイヤホンで別々のプログラムを聴きながら3台のテレビ(2台は教育的、1台は暴力的内容)を視ながら録音機に歌と喋りを吹き込みながら片目で本を片目で新聞を読みながら点字でもう一冊の本を読んでいた。レスリングとボクシングと球技と陸上と乗馬と射撃と魚釣りとボートと水泳と綱渡りと蛇つかみと子牛乗りと漫画書きと宙返りと体操と空中ブランコと木工と崖登りとビル登りと奇術と催眠術と顕微鏡とラジオ工作と剥製術とコルネット演奏とハーモニカと音楽用鋸と腹話術と贋作造りとミニチュアカー制作と悪臭爆弾造りと消えるインクと痒みパウダーとカブウイスキー醸造と台所にある材料からつくるダイナマイト作成と剣飲みとジャグリングと蚤の調教と火の玉造りと贋金造りと現実の金策りに才能を発揮した。そして、同じく才能溢れるエミリーと結婚して理想郷を造りあげたのだが...。

Love Affair with Ten Thousand Springs
 ランウィックは長年にわたり、万もの泉を愛でてきた男だ。泉と、付随する精霊たるペジェイドとの交歓が彼の人生の目的なのである。今日出会ったペジェイドは大女のクレッセンティアで、べしゃべしゃのキスで歓待してくれた。ふざけあいながら、また新たな泉の探索を続けるふたりだったが、ランウィックはまた、クレッセンティアの夫クリヴデンと古代巨石建築の謎とか、今在る世界を構築する秘密について、議論を戦わせるのだった。やがて、クレッセンティアの予期せぬ行動から、物語は一気にミステリの謎解きめいた結末に至るのだが...。

Mad Man
 ジョージ・グネヴニは狂気の域に達する怒れる男だ。じゃれつく子犬を蹴っ飛ばし、障害者の老婆を踏みつける。だが、これは彼の資質を活かした重大な仕事だったのである。ところが今日は何か勝手が違った。いかれたジョージが怒りを忘れた時、管理者たちは慌てふためき我を忘れてしまった...。

Magazine Section
 ジョン・ウーリィベアはあちこちの新聞の日曜版に胡散臭い記事を載せるライターだ。雁の群を率いる空飛ぶ魔物や、大凧の村の人々が死期を悟って赴く天上の墓場、総て顔面が削り取られている聖クリストファーの彫像の謎、クローンを悪用して3倍の稼ぎを得る方法など、おなじみの法螺話(いいや、本当の話だよ!)が楽しい作品。

Make Sure the Eyes Are Big Enough
 老齢でベッドから動けなくなってしまったメアリ・I・マックスリムの唯一の楽しみは、活溌な曾孫娘のメアリ・Cの眼球に装着したマイクロカメラの記録映像を毎日眺めることだった。どこへでも行ってあらゆるものを見てくるメアリ・Cは、老いてなお好奇心の塊たるメアリ・Iにとって恰好の代理の眼となっていたのだ。ある日のこと、メアリ・Cの視覚を追体験したメアリ・Iはくすくす笑う雌牛の出現を先触れとして世界の様相が一変する体験を持った。これまで人間の眼には不可視であった怪物や幻獣の類がどっと出現し、豊かで迫力に満ちたパノラマが展開されたのだ。そして明らかになったのは、われわれがこれまで知覚していたのは世界の実相の僅か十分の一程度にしか過ぎなかったということだ。その後、アメリカを中心に世界中の"ある特定の"人々にのみ訪れた知覚の変容はこれまでの世界観を豊穣で濃密な新たな領域へと進化させたのだが、212台のコンピュータの投入によって解明された意外な知覚変容への鍵とは?

Maleficent Morning
 その朝、イジドア・アイサムは犬をよけようとして婦人を轢き殺してしまった。どうかなかったことにしてくれって祈ったイジドアは、ベッドの中で目覚めた。夢だったのかと再び出勤するイジドアだったが、今度はエレベーターガールのコーネリアとトラブって、つい絞殺してしまう。またも、なかったことにしてくれって祈りが通じてベッドで目覚めるイジドア。三度出勤するイジドアだったが、昨夜から動かしていない筈の車は暖まっているし、コーネリアは喉を潰されたみたいなハスキーヴォイスに変わっている。まだ、悪夢の連鎖は続いているのか?
 "maleficent morning"は、"good morning"と挨拶されたイジドアが、ふざけてコーネリアに返した挨拶から。"bad morning"じゃなくって文語の"maleficent"なんて邪悪な単語、当然コーネリアには意味が解らなかったという次第。

The Man Underneath
 魔術師グレート・ザンベジことチャールズお得意の出し物は箱からの美女消失マジックだ。ところが、今回のショーでは箱の中から謎の小さな道化師が飛び出してきた。芸達者で衣装や雰囲気、名前までがくるくると変わるおかしな小男は一座に加わることとなったが、やがて彼から学んだトリックを悪用するようになった(根はいい奴なんだが)チャールズの運命やいかに?

The Man Who Lost His Magic
 プロシア連邦の命により、総ての異端や破格を正していったのは、かのグリム兄弟である。兄ヤコブは、数年前に弟ウイリアムが消息を絶った魔術の地に調査にやってきた。目眩ましでヤコブのズボンを見えなくする女の子イリュージョンや、魔法の黄金を見せびらかす人びと、魔術こそ現実だと説く魔道師らに翻弄されるヤコブ。ウィリアムの遺体があるという、語る骨の谷とは?そして、イリュージョンの母親に誘われて空高く飛び立ったヤコブの運命や、いかに?

The Man Who Made Models
 ジョン・スケイバーはでっかいスウェーデン人の人形細工師だ。巨大な手先から生み出される数々の人形はあたかも生きてるよう。いや、事実生きているのだ。秘密の材料で造られる生き人形たちは、あるいは呪い師人形としてジョンの自衛と復讐のために働き、あるいは裏収入の源となる。しかし、同郷の探偵ライルは古来ラプランドの魔術を駆使したジョンの悪行を暴こうとしていた...。

The Man Who Walked Through Cracks
 ハーメルン・カレッジでは、"トライ・トゥ・リメンバー"に登場したうわの空の教授トマス・クロムウェルが教鞭をとっていた。例によって心ここにあらずの教授は、次々と教室を間違えては"キラー"ディラー教授たちの授業に闖入し、関係ない学生たちに自説を繰り広げる。われわれが知覚している音の周波数は不連続なものであり、些細なずれは不快感をもよおし、大きく外れると知覚からすべり落ちてしまう。これは視覚や嗅覚にも適応される。われわれの知覚は、深い奈落の裂け目に置かれた飛び石を渡っていくようなものなのだ。そして、裂け目を自在に通って隠された世界と行き来するクロムウェル教授の正体とは...。SFっぽい設定と思いきや、妖魔が封印された球体やら鼠とりの魔笛やらの超自然的ガジェットが絡んできて、思いも寄らぬ展開が楽しめる作品。

The Man with the Aura
 トマス・キャッスルリッジは高潔の人で富と権力と称賛に満ちあふれている。ある夜、彼は友人のジェームズに秘められた過去と現在の成功の秘密を打ち明けようとするのだが...。"処女の季節"とかにも通じる雰囲気をもった、ユーモラスな恐怖譚。The Year's Best Horror Stories Series IV, '76にも再録された。

Marsilia V
 時代は日本との戦争中、ニューギニアでの出来事。リトルジョン大尉にはちょっと浮き世離れしたところがあった。行軍中に珍しい鳥や岩、植物なんかをみつけると夢中になって観察を始めるのだ。部下たちは灼熱の太陽に照りつけられながら、もうキレる寸前である。そして、彼ら小隊は日本軍にぐるりと包囲されていることに気付いたのだが、リトルジョン大尉の発した命令は予想もできないものだった...。珍しくもラファティの戦争ものだが、トリッキーな展開も楽しめる南洋ジャングル小説。

Maybe Jones and the City
 メイビー・ジョーンズはかつて”完全なる惑星”をみつけたが、頭の怪我で場所も名前もすっかり忘れてしまった。その後”メイビー・ジョーンズの都市”は宇宙の伝説となった。いくら捜してもみつからないのなら、いっそ新たに創ってみようって展開になったのだが...。長編Space Chanteyの主要キャラであるマーガレット・ザ・フーリ(Margaret the houri)も登場する。[とおるている]

McGonigal's Worm
 人間を含む、ほぼあらゆる脊索動物が、ある日一斉に不妊となった。緩やかに絶えていく文明を、なんとか次の世代に残そうと奮闘する科学者たち。唯一繁殖能力を保っていた脊索動物は、腸腮綱に属するマックゴーニガルムシってやつ。いまや、人類の叡智を継ぐのはこのムシケラしかいないってことで、残る人類の全精力を傾けてこのムシの教育をすることとなった。ところが、世話にあたっていた若い女性たちに奇妙な病気が蔓延しはじめて...。

The Most Forgettable Story in the World
 完全なる世界に安住する人びとと機械たちの中で、何か不十分なもの、忘れ去られたものについて討議する一握りの住人たち。わずか3ページのこの掌編からくみ取れるラファティのユートピア観は、パストマスターやその他の作品群とも通底するようだ。

Mr. Hamadryad
 ココナッツ商人のわたしは、出張先のとあるクラブで、見えない黒豹を連れた鼻の長い奇妙な人物、ハマドライアド氏(ギリシャ神話に出てくる木の精ハマドリュアデスと同じ名前。Hamadryas Baboonすなわちマントヒヒの別名でもある)と知り合った。彼は、先史時代の巨石建築を建造するのに丸太と土を築いた傾斜を使ったという考えを一笑にふし、山や島をも動かす念動力について語り出す。そして、わたしはこの世界の大いなる転換----陰と陽もしくは猿性と猫性との入れ替わり----に立ちあうこととなるのだった。(こう書いてても、実はなんのことやらよくわかってないのですが...。でも、行く先々のクラブで出てくる怪しげなカクテルのレシピなど、ディテイルとお得意の繰り返しギャグも楽しい作品。)[とおるている] [美食]

Mud Violet
 アウストロと何でも知ってる男たちの物語シリーズThrough Elegant Eyesの二話目。ロイ・メガも初登場。ロレッタ・シーンとメアリ・モンドがいかにして生身の肉体を失ったかの経緯が明かされる。しっかし、ラファティも精神だけ(って言うか、ポルターガイストみたいな半亡霊)の存在が好きだね。研究所のセシル・コーンとか、どろぼう熊のマンブレイカー・クラッグとか。

The Ninety-Ninth Cubicle
 シンプソン・コールドターキーは貸しビル業を営んでいる。今回入った店舗はムード屋さん。99個の小さな小部屋を、様々な色合いの光を封じ込めた微細なグリセリン粒子で満たしてありとあらゆるムードを創り出す。"貞節な空色の小部屋"はかっきり一時間だけ"永遠の愛"をもたらし、"秘められた藤色の小部屋"では背徳の歓びに耽られる。"耽溺する茶色の小部屋"では豪奢な怠惰に溺れ、"人喰い鬼のオレンジの小部屋"は内なる獣性を解放して暴力と殺人の衝動を満たす。いずれも顧客を精神的に満足させる安全なひとときの娯楽だったが、ただひとつ99番目の"ぎらぎらしたオレンジの小部屋"だけは本当に危険なしろものだった。経営者たちはこいつを封印してしまおうと決心し、コールドターキーに相談をもちかけたのだが...。[ref]

Of Laughter and the Love of Friends
 ジョン・ジンポールは町一番のふざけ屋で、悪趣味で破壊的なジョークをまき散らしている。一方、妻のゲイルと三人のガイア姓の義兄たちは全くジョークを解さない。しばしばターゲットにされるゲイルは心を痛めていたのだが、とうとう堪忍袋の尾が切れて、ガイア一族に伝わる身の毛もよだつジョークによる報復がはじまった...。
 しっかし、ジョークの天才という設定にしては毎度ばかばかしいひっかけに終始し、むしろその都度律儀にひっかかっては大騒ぎするゲイルの描写のほうが可笑しい。あと、癩病に罹ったとの嘘手紙の最後が、"Sincerely yours"のかわりに"Corruptly yours"とか、細かなお遊びもちらほら。

Oh Tell Me Will It Freeze Tonight
 その小さな山に纏わる奇妙な出来事や伝説の数々。そこでは、あたかもバミューダ・トライアングルのごとく激しい嵐や竜巻が痕跡もなく消え失せ、突然に極寒の冷気が訪れる。また、雄牛をひと飲みにするという巨大な怪鳥の噂。そして、邪悪な紅い果実を実らせる伝説の樹木とは?謎を孕んだ物語は、やがて暴力と破壊をもたらす悪なる存在と地域を守護する者たちの秘められた闘いへと展開していく。その鍵を握る、気象予報士へクター・ヴォイルスのとった行動とは?

Oh, Those Trepidatious Eyes!
 ウィンチルシー氏の経営するレストランでは、月に一度食通たちの晩餐会が開かれる。彼らを満足させることができなければ身の破滅となるのだ。毎回手を尽くして珍味を提供してきたウィンチルシー氏だったが、ふとした偶然から素晴らしい食材を入手することができた。それは、三匹のドラゴン(っていうかでっかいトカゲ)で、その尻尾は最高の美味であり、すぐに再生される無限の食材なのだ。ただ、尻尾を手に入れるためにはドラゴンを脅かして自分でちぎるよう仕向けなきゃならないのに、だんだん慣れてきた彼らはなかなか怯えてくれなくなってきて...。

Old Halloweens on the Guna Slopes
 アウストロのシリーズ。ハロウィーンの夜、バーナビー家ではいつもの面子で少年時代のハロウィーンの想い出に花が咲いていた。どこまで本当かは判らないんだけど、みんな結構非道い悪戯していたようだ。ドレイコス医師の従姉妹のゾー・アーキコスは友人のこびとを赤ちゃんに仕立てて、「あんたの子供よっ」なんてやってたし。ひとりの話が終わるたびに、「お菓子くれなきゃ、悪戯するよっ」って子供たちがやってくるんだけど、幽霊少女のメアリ・モンドが応対に行っては逆に脅かしたり。そして、アウストロの故郷アフリカはグナ・スロープでのハロウィーンの物語が始まって...。
 この物語で、アウストロは12歳になった。もはや英語は自在に使いこなせるようだ。ロッキー・マクローキー・シリーズのコミックを週刊で近所のみならず世界中に流通させているが、石版にノミとハンマーで細かな絵を彫りあげていくって創作方法は、"怪奇版画男"の唐沢なをきも吃驚である。
 ちなみに、本作は初出(Fantastic Stories, '75/8)の原稿に大幅に手を入れており、後半は殆ど別の話になっている。後続の作品群との整合性の都合もあるものと思われるが、血生臭いリドル・ストーリーから、わりと心温まるエピソードに変更されている。(どちらかといえば、初出時の話がよりラファティらしい印象を受けるのだが。)

One-Eyed Mocking-Bird
 トビアス・ラムは偉大な科学者だが、あんまり感じいい奴じゃない。今回の実験では、分子レベルで活性化されたゼリー状物質を弾丸にちょっぴり詰め込んで、発砲するというもの。このゼリーはいわば知性をもった分子の小世界であり、きっかり二秒半後には四キロ離れた断崖に着弾して滅びてしまう運命にあるのだ。トビアスの狙いは、この二秒半(人間にとっては八千年ほどに相当する)の内に彼ら自身で弾丸の軌道を逸らし、破滅の運命を免れるような技術の進歩と発明を促すことだった。そうすれば、人類が進歩した彼らから素晴らしいテクノロジーを引き出せるって仕掛けだ。満を持してライフルを発砲したトビアスだったが、果たして無事に弾丸は戻ってくるのか?

The Only Tune That He Could Play(or Well, What Was the Missing Element?)
 トム・ハーフシェルはトランペットを達者に吹く少年だ。貝笛をはじめ、いろんな管楽器を上手に吹きこなすのだが、彼の演奏には何か欠けたところがあった。失われた何かを求めるような音色には、禁じられた"OTHAFA"の要素があるのだ。そして、トムは"憶えている最後の男"の祝祭日に栄えある12人のトランペッターのひとりとして抜擢されたのだが、そこには隠された意図があった...。
 本作品にはSF的アイディアと設定が満ちあふれ、謎めいた伏線の数々もラストに至るにつれ解き明かされていく。ラファティには珍しくも(理解しやすい)首尾一貫した構成のSF作品だが、細部の描写には紛れもないラファティらしさが宿っている。

Or Little Ducks Each Day
 ジム・スナップジャッジは先入観分析家だ。骨相学や民間伝承等を系統的に発展させた芸術的先入観術の達人として、一瞥であらゆる相手の正体と運命の総てを読みとってしまうのだ。例えば、すれ違い様にある若者が、24歳半で誕生日は秋、名前は恐らくゴッドフリー・ハルクラーゲンでオハイオのガリポリスからやって来た、ゲルマン・アイリッシュの血筋で、元ルター派かカソリック教徒、妻の名はアイリーン、勤め先はP&G 回転バルブ会社だけど、より高収入の職場を求めて出てきたところ、今夜彼はこの街のラインランド地区で死ぬ運命にあるだろう、ってことが解ってしまう。そして、もうひとりの若い娘と、ジム自身も今夜ラインランドで最期を迎える運命だと判明したのだが...。怪しげな衒学趣味溢れる先入観術の解説も愉しく、謎を秘めたラインランド地区の酒場を舞台に、定められた運命の刻に向かってサスペンスに満ちた展開が楽しめる。

Other Side of the Moon(月の裏側)
 ジョニィ・オコナーは毎夕決まって五時半にバスを降り、ロコ・クラブでウォッカ・コリンズを一杯やって帰宅するという習慣だった。ところが、ある日なんとなく一ブロック乗り過ごしてクレージー・キャット・クラブNo.2でキューバ・リブラを一杯やって帰った。反対側から眺める我が家は、まるで月の裏側みたいな奇妙な別相をみせていた。妻のシーラも何か変な感じで、血相を変えて何故いつもと違う行動をとったのかとジョニィを問いつめるのだった...。

Phoenic
 ピッツバーグの裕福な仕立屋ヴィーダーフォーゲルの正体は、世界で最も高齢のフェニキア人だ。自らの死期を悟り、旧えの約束を果たすため、世界の果てイェンボーへとやってきた。老いたユダヤ人ジョンの船に乗り、ゴーレムのオットーが水先案内人だ。イェンボーは伝説が真となる土地であり、ジョンは霧でできた帆船や、何度も帰ってくる溺死体、碧の鱗に覆われた醜い人魚の話を語る。そして、約束の地で下船したヴィーダーフォーゲル。五日後に戻ってきたジョンがみたものは...。

Pig in a Pokey
 アステロイド・ヒポダミアの所有権を巡って対立する人類と豚そっくりの異星人。この度派遣されたネッターの前任者は、謎の死を遂げて異星人ポルセラスの住処の壁に狩りの獲物のように生首を飾られていた!そして、ネッターもまた卑劣なポルセラスの罠にはまってしまうのだが...。わりかしストレートな作品だけど、ラファティ作品の異星人ってたいてい(あと、女性キャラたちも)何かはぐらかすような話し方するんだよね。

Pleasures and Palaces
 グリッグルス・スイングは完全な人間だ。遺伝子操作に長けたスイングは特殊な天才たちを創り出していった。九人の特殊な天才がいれば完全なひとりの人間にほぼ匹敵し、なおかつ完全な人間ひとりを創るよりも経済的だ、とのこと。かくて世界はより洗練された社会へと進歩を遂げたのだが、スイングに匹敵する人物は何処にもいなかった。世間の注目はスイングに集まっていた。いったい彼は何者で、どこからやって来たのか?そして、スイングははじめての里帰りをすることとなった...。
 居住世界シリーズに入る作品と考えられるが、ここではバトラーのいう17じゃなく19の世界と記載されている。最後に明かされる意外なスイングの出自と故郷の描写、("Mr. Hamadryad"に似た構成で綴られる)世界中の怪しげなディナーを前にスイングと特殊天才の友人たちの哲学的問答のような会話など、中後期のラファティらしさに溢れた作品である。

Posterior Analytics
 ポッター霊園に隣接する謎の建物は異星人分析研究所である。熟練したエージェントたちによって地球上に現れた異星人は直ちに捕捉され、研究所で厳しい尋問により情報を絞り出され、たいていはそのまま死んでポッター霊園に葬られていた。ところが、新顔の異星人ストイクたちはやすやすとエージェントを出し抜いては、自発的に研究所に現れて進んで分析を受けては死んでいく。そして、かれらと係わったエージェントたちは次々と不可解な失踪を遂げるのだった...。

Quiz Ship Loose
 惑星ペイルダー(
ダハエ)は居住世界で最も進んだテクノロジーを有すると言われているが、閉鎖的であり地球はおろか近隣のアストローブやカミロイにすら伝播していない。一世紀前の大探検家ジョン・チャンセルも謎を解き明かすことができなかったこの惑星に、お馴染みのマンブレイカー・クラッグとボディシアの夫妻、ジョージ・ブラッドとジンゴの夫妻、そしてクエスター・シャノンがやってきた。ところが、転移装置で都市の真ん中に降り立った筈の彼らを待ち受けていたのは流砂とジャングル、そして凶暴なモンスターの群れだった。探査装置を手ごと囓りとられるクエスター。流砂に飲まれ、モンスターに襲われる一行の運命やいかに?

Rain Mountain
 毎年、レイン・マウンテンでは少年たちの通過儀礼たるパンサー・パトロールが行われる。彼らが一夜を明かす小屋には、忍び込んで少年を喰い殺すというブラック・パンサーの伝説があるのだ。お約束ながら、こっそりと反対側の斜面から登ってきてパンサーの鳴き真似やら亡霊の火やらで脅かす役の年長の少年もいる。(おおっ、ブレア・ウィッチ!ってもう旧いか)ところが、今年はたまたま放浪のマウンテン・ライオンが一頭、この深夜の肝試しにばったりとでくわすこととなって...。

Rainy Day in Halicarnasses
 ソクラテスが毒杯を呷ったってのは、プラトンによる創作だって。例によって胡散臭い歴史家アーパッド・アルティノフ著すところの"歴史の裏口"を前説として、陰鬱な雨降る都ハリカルナッソス(現トルコのボドルム)を舞台に、突然の嵐で寄港したアート・スリックとジム・ブーマーは陽気なでぶのロッキー・ソッキーの案内で、"雨の日限定"の奇妙な観光ツアーに誘われて...。しっかし、バーのお姉ちゃんがアートらに言う、トルコ語には陰鬱な(gloom)を意味する単語が319もあるのよって話、本当かな?

Rangle Dang Kaloof
 ささいなことからノームを怒らせたフラハティは、心臓の血管にみえない小さな縄の輪をくくりつけられた。それから毎晩、ノームは眠りにつく時の夢と現のあわいに現れてきりきりと心臓を締め付ける。助けてもらうには窓や扉を開け放して、あらん限りの大声でRANGLE DANG KALOOFとくりかえし叫ばなきゃならない。近所迷惑も限度を超えて、ついには警察沙汰にもなってしまう。なんとかして心臓の縄の輪をとってもらおうと心臓専門医をはしごしたフラハティは、ひとりの高名な医師(なぜか休診中)のもとへと辿り着いたのだが...。

Royal Licorice
 その男はかのとどろき平(Boomer Flat)からやってきた。老馬に引かれた古ぼけた薬売りのワゴンに乗った老人。彼こそがリコリス・マン、若返りの秘薬を売る男である。廃馬寸前の元名競走馬、元600勝投手の老人、老いたる美人女優、引退した元大統領。経験と老練した叡智をもって若返り、再び各々の世界に返り咲いた彼らの活躍は目覚ましいものだったのだが、なかなかうまい話はないもので...。
 とどろき平の巨人たち(おそらくは、キャットフィッシュの独身の叔父さんたち)が昔にBoomer Flatsなんて野球チームをつくって巡業してたなんて挿話もあって、各章のはじめにはとどろき平のバラッドという詩が掲げられてたりもする。リコリス・マンの駆る馬はコメットのピーゴッシュ。"とどろき平"を先に読んでおく方がより楽しめるだろう(←だから、こっちを先に読む日本人読者はまずいないって)。

Saturday You Die
 南部に引っ越してきた少年ヘンリーは、地元の少年たちに来週の土曜日になったら殺してやると宣告された。土曜日は一番新参の少年が殺される日で、両眼は海賊船に売り払われマストの先で見張りをすることとなり、肉はホックマイヤーさんの店でソーセージに加工され、骨は削られてファークになるのだ。すっかり信じこんだヘンリーは、マストの先で眼だけになって世界中を廻り新奇なものを見聞できるって運命に夢中になっていた。そして、いよいよ土曜日が訪れたのだが...。

Scorner's Seat
 キクロポリスはストーン・サークルに囲まれた閉鎖都市。世界を襲った大パニックの後に造られた浄化の都だ。Scorner(嘲笑者)とはキクロポリスを統べる者で、一年の任期の後に地下の下水道網に棲む怪物グレンデルに喰われる運命にある。ロジャーとサークルの下水道作業カップルは、他の三組のカップルたちと瀕死の"叔父"から妊孕性を受け継ぐ。閉鎖都市では人口の増加は許されず、先住者の死をもって始めて子供を持つ能力を得るのだ。そして、このカップルたちの四人の男は、ひとりは次のScornerとなり、ひとりはPilgrim(巡礼者)として都市を出てキクロポリスの叡智を伝えにいく運命なのだった。
 環境危機SFアンソロジー"Saving Worlds"("The Wounded Planet")に収録された作品。年に一度酸素産生性に転換して肥沃な水産物を生み出すミドリムシの秘密とか、空の雲上で栽培されるクローバーと、スモッグを処理する空の"家畜"たる虫たちを撒く気球。都市を彩る数百の風車と噴水など、豊かなイマジネーションと奇妙なアイディアに満ちあふれた異世界の光景が描かれる。

Selenium Ghosts of the Eighteen Seventies
 最初のテレビ放送を実現したのは誰?1873年にセレンを用いたテレビ装置を発明したベントリーは、アメリカで最初の連続ドラマ放送を開始した。セレンの特異な性質により、再生の度にドラマの内容は変化し、当初は無声だったドラマは音声や匂い、俳優たちの思考、さらには受像器が取り込んだベントリーと愛人の女優たちとの会話までも再生するようになって...。ベントリーの残した13作のスクリプトの紹介とともに舞台裏で進行する人間関係のドラマが浮かび上がってくる。

Seven Story Dream
 早朝のアパートの裏庭に横たわる美女の死体。奇矯な住人たちの取り調べは進み、ひとりがすんなりと犯行を自白したのだが...。ヒッチクッック・マガジンに掲載されたミステリ・ファンタジーで、作品の形式や味わいはEwe Lambにも似ている。

Six Leagues from Lop
 わたしの考えでは、マルコ・ポーロの東方見聞録には幾つかのエピソードの欠落がある。そのひとつ、"石気球の冒険"と題する文献を手に入れたわたしは、洛浦にある宇宙港から三つ目の船長に誘われて宇宙への冒険旅行に行ったマルコが莫大な富を得たって話を読み、有り金を掻き集めて洛陽へと出かけたのだが...。引用される文献中には、とある惑星でさあらんちき騒ぎだってところで、「ここからはポルノグラフィになるんだけど、みなさん興味ないだろうからカットするね」なんてコメントが入ったりする。ラファティらしいというか。なお、三つ目の異星人が古代から地球にやってきてて科学を駆使し、地球人とも交わって帰化してたって話、手塚治虫のオリジナルじゃあなかったのか。(トンデモ系に詳しい方の情報求む!)

The Skinny People of Leptophlebo Street
 痩せたおかしな人たちとぺちゃくちゃ喋る猿どもが群れ集うレプトフレボ街にやってきたのはカニュート君。と言うのも、一山当てるのに必要な資金が調達できると聞いてきたからだ。ところがこの街の人たちときたら、木の実を一粒づつ商ったり書類からインクを回収したりして日に1セント半を稼ぐのが精一杯。こりゃだめだと思ったカニュート君だったが、実は街路の敷石の下には黄金の延べ棒やら金貨がわんさかと仕舞ってあったのだ!こいつをいったいどうやって稼ぎ出したのか探り出そうとする彼を煙に巻く痩せた人たちは、レプトフレボ街の仲間になろうよと誘い込む。つば広の帽子の上に菜園を造って小鳥をおびき寄せる婦人や、無料で散髪や歯磨きや盲腸手術やダイエット手術をするよとまとわりつく子供たち、きいきい喚いて紙切れに字を書きつける猿どもが入り乱れる中で、カニュート君は無事に軍資金を手に入れられるのだろうか?

Slippery
 アウストロとロイ・メガのシリーズ。アウストロは世の中から摩擦をなくしてつるつるに滑りやすくしてしまう新薬を開発した。たちまち、みんなすってんころりんと大騒ぎ。これをネタに世界を脅迫しようと画策するのだが、果たしてうまくいくのやら?

Smoe and the Implicit Clay
 未踏の惑星に人類が到達した時、いつも必ず先に来ているのは何者?ホーキーの星でこの謎に取り組んだのはクラゼルトン大佐とドナーズ、そしてわれらがエピクトだったが、みえないインディアンたちとバッファローの群れに翻弄される。「むかしアラネアで」で触れられたセルシオン小惑星帯でのプロコップ消失の謎も明らかにされる。

Snake in His Bosom
 世界一のセキュリティ会社を営むエミルは妻のサルパとともに、万全のセキュリティ・システムに守られた堅固な要塞を思わせる屋敷に住んでいた。ところが、今夜のエミルは奇妙な興奮と神経質気な不安が入り混じった様子だ。彼の販売するセキュリティ・システムを次々と打ち破ってきた怪盗ガットーの挑戦を受け、生死をかけた決戦が行われるのだ。難攻不落の屋敷に忍び寄るガットーの足音。モニタに映し出されるガットーの不敵な姿。そして、ノブを引きちぎり木製のドアを打ち破る轟音。しかし、モダンなこの屋敷には木製のドアもノブも存在しない筈であり、更に奇妙なことに妻のサルパにはモニタに映るガットーは視えず、足音や轟音も全く聞こえないのだった...。

A Special Condition in Summit City
 ヘッジマンらの主張では、人類はコミュニケートするのに言語をもってのみではなく、無意識ながらいわゆるテレパシーによる共感をもってコミュニケートを行っているという。例えば、アルメニア人の夫とイタリア人の妻がお互いの言語を習得せずに三十年間も良好な夫婦関係を保っているケースがあるのだ。そして、確証のためにヘッジマンらがテレパシーを無効化する実験を行った時、サミット・シティでは総てのコミュニケーションが崩壊した。アルメニア人の夫は、妻がわけのわからない言葉を言うからと射殺し、都市中で暴力と混乱に満ちたドタバタ騒ぎが巻き起こった...。

Splinters
 チャールズ・グラント編のホラー・アンソロジー"Shadows"に、S・キングらと共に収録された作品。主人公たち三人は夜中に急に釣りに行こうって話になって、どこに行くか決めるのに天候が問題となった。地方局の天気予報官をたたきおこして訊こうか、いやもっといい方法があるよって、何やら怪しげな機械を操作していきなり自宅のベッドから天気予報官をテレポート?させて呼び出した。お次は美人キャスターを呼びだして(もちろん主人公がひとりの時にだよ)、何やらお色気マッドサイエンティストものか??と思わせといて、後半は超自然的ホラー(こわくないけど)に展開していく。心霊現象と気候を結びつけた発想はゲゲゲの鬼太郎にもあったけど、もしかして僕が知らないだけで心霊学的には有名な学説なのか?

The Story of Little Briar-Rose, A Scholarly Study
 様々な童話や伝承、バレエや楽曲に現れる"眠れる美女"を、学術的に考証する形式で綴られた作品。この世界の全存在が、危ういバランスを保って眠れる美女と運命を共にしている事実が明かされる。長編Annals of Klepsisのメイン・テーマとも通底するアイデアが、この掌編の中に鮮やかに示されている。

St. Poleander's Eve
 アウストロのシリーズThrough Elegant Eyesの最終話。バーナビー家にはいつのまにかデイジー・フレイヴァスという使用人がいた。彼女はみんなの集う三階のバー付き研究室の担当を自称し、芸術性を高めるためにアウストロとわたし(ラフ)を排除しようと主張する。そして、ロイ・メガと結託して聖ポーリンダーの宵にみんなを巻き込んだ非現実的な演劇の上演を画策した。それは、エレクトニクスとドラッグを駆使したもので、バーナビーの研究室と劇場をリンクさせた試みだったが、思わぬプティ・ドワーフの参画によりエロティシズムと残虐性に満ちた異様な世界が展開する。いやあ、この作品集(Through Elegant Eyes)も最後にきて強烈に訳わからない(けど、なんか凄い迫力ある)展開をみせました。

Symposium
 突然に世界は始まった。ケイやらジーやら符号でのみ表される面々が繰り広げる哲学的な討論。時間と空間、存在や論理について。アリストテレスが予見し、アロイシャス・シップラップが発展させた定時宇宙論とか、その他諸々。でも、いったいここは何処で、彼らは何者?

Task Force Fifty-Eight and One Half
 Marsilia Vと同じく第二次大戦中のマレーシアを舞台とした戦争もの。と言っても戦闘シーンは無くって、ビール飲みながらボートで遊覧してた四人の若い兵士たちが、小島で出会った謎のマレー人の爺さんに怪しげな椰子酒振る舞われて、トリップしてしまう話。語学マニアのラファティらしく、マレー語ミニ講座なんかも挿入される。

This Boding Itch
 ある朝突然に、世界中の人たちの手のひらが痒くなった。この、”手掌掻痒症候群”の解決に乗り出したのが世界保健執行管理機構で、薬剤による焼灼にて強制的に治療を進めていったが、実はこの現象は人類の新たな進化への予兆だったのだ。事態を悟った一部の人たちは新たな感覚を会得した左手を切断して保護し(リモコン手みたいになる)対抗するが、今度は頭のてっぺんが痒くなってきた...。お得意のドタバタSFなんだけど、未来世紀ブラジルとかに通じる管理社会の暗い一面が背景に流れている。

Thou Whited Wall
 世の中は二つの人々に別れていた。毎日、いずれ名のある壁々に描かれる託宣に帰依するエリートたちと、普通の人たち。十二人の預言者たちが、早朝に白く塗りつぶされた壁に競って託宣を描いていく。あるいはエクトプラズムの手で。あるいは自らの肉体を潰し飛び散る血潮と臓物をもって。その朝、エヴァンジェリンは託宣に従って命を絶った夫マッジの死骸をもてあましていた。汗っかきのマッジは酸性体質だから、下手に埋めると植物に悪いのだ。さらに悪いことに、勤め先で解雇を言い渡されてしまった。解決策を得ようと壁の託宣を観にいったエヴァンジェリンは、預言者のひとりで悪魔のデモガルゴンに出会って...。いや、ほんとにわけわからない作品です。掲載されたF&SF誌のアオリのコメントも、"ラファティの想像力はわれらの誰よりも高く不可思議なところへ到達"と、まあ、どっか別世界にいっちゃったってとこでしょうか。託宣を告げる預言者の座をめぐって随時殺し合いが行われており、勝者が十二の定席を占めるって設定は"草の日々、藁の日々"を髣髴させるし、夫が死んでも気にせず出かけてはおかしな会話を続けるエヴァンジェリンの描写は"ファニーフェイス殺人事件"みたい。ある意味、ラファティの極北の作品。(別な意味では、最もラファティらしい作品。)

Three Shadows of the Wolf
 その地区ではこのところ狼による羊の被害が多発していた。地元民の言によると三匹の影を引き連れた巨大な灰色狼、しかもルー・ガルー(人狼)の仕業だとのこと。事件を追う若き保安官のオーティス・ピジョンと、胡散臭いフランス人のリボー。そして、目撃された灰色狼にそっくりの男ジュールズ・ラモットが現れた...。伝奇ミステリ仕立ての設定と、ユーモアとホラーに幻想味の入り混じった展開が楽しめる作品 。

Tongues of the Matagorda
 メキシコ湾のマタゴルダで、飢餓と干魃にあえぐ5人の男たち(2人のインディアンと、捕虜になった2人のスペイン人及び1人の黒人)が語りあう、ラファティの面目躍如たる法螺話(だから、本当の話だってば)の数々。ローマ帝国の皇太子がなんで黒人なのか?悪魔の妹と結婚したインディアンが代償に得たものは?。動物に変身する部族の悲喜劇などなど。(未刊行の長編Estebanと関連しているようだ。)

Two for Four Ninety-Nine
 アウストロとロイ・メガのシリーズ。本日は彼らの探偵局の開店サービスで一件4ドル98セント、二件で4ドル99セントの格安料金だ。さて、最初のお客はパーティでの不可思議な毒殺事件にまきこまれたセレーネ・オキーンと、密室からの宝石盗難に悩む宝石商のジョージ・アートレス。ホームズさながらに彼らの素性やこれまでの行動を(根拠なく)当てていくふたりだったが、肝心の謎の解明についてはお手上げだった。そして、幽霊のメアリ・モンドが告げる怪しげな託宣により、まったく関連性がないと思われたふたつの事件が結びついて...。一応ミステリの形態をとった作品だけど、どこまで本気なのかしら。

The Two-Headed Lion of Cris Benedetti
 アウストロのシリーズ。"Four Sides of Infinity"の二作目。大学で文学と秘教学を教えるクリス・ベネデッティ教授は、学生が発行する季刊誌ユニコーンに援助と寄稿を行っている。卓越した文学界のライオン、驚嘆すべきアイルランド人クレメント・ゴールドビーターはクリスの一押しである。クリスの尽力により、学生たちに大人気のゴールドビーター。そして、ついに本人がこの町にやってくることとなったのだが、クリスは落ち着かない。と言うのも、ゴールドビーターはクリスがでっちあげた架空の人物の筈だったのだが...。

Unique Adventure Gone
 そんなに遠くない昔のこと、人類に何か大きな災厄が降りかかったらしい。しかしまた、それは無かったこととされている。昔、人類には意識というものがあって、ものごとを複雑にしていたのだ。今や人びとは無意識にあらゆることを成し遂げる。虚ろな眼で、いわば眠ったまま行動し、自分たちが何をしているかを解らぬままで。機械じみた単調なアンチ・ユートピア世界への転換期に、徐々に統制されていく意識ある人びとの姿が、不気味なユーモアをもって語られる作品。

The Ungodly Mice of Doctor Drakos
 アウストロのシリーズ。"Four Sides of Infinity"の一作目。ドレイコス医師は人造生命を創り出したという。それは鼠たちだった。オゾンの臭い漂う人造鼠は、どこか彼の友人達に似せて造られており、なーんかやな感じ。しかし、いったいどうやってドレイコスは神をも恐れぬ創造の御業をなしたのだろうか?

The Wagons(何台の馬車が?)
 九歳のジミーは父親のジムとキャンプ三昧。聞き覚えたインディアンの伝承をきっかけに、夜毎ジミーはコヨーテやヨタカの群れ、そして西へと向かう何百台もの荷馬車の行進を幻視する。昔に人間よりも熊が賢かったころの挿話や、さりげなく挟み込まれる法螺めいた話など、最初期('59)からラファティはラファティだったってことがわかるだろう。

What Big Tears The Dinosaur's
 アウストロのシリーズ。ティラノサウルス・レックスがアメリカに現れた!オクラホマ目指してやってくる怪物に、バーナビー・シーンらは立ち向かう。ロイ・メガに用意させた特別の銃も準備万端だ。アウストロも、グナ・スロープから愛犬を呼び寄せて迎え撃つつもり...。定石に則ったコミカルな作品である。

When All the Lands Pour Out Again(すべての陸地ふたたび溢れいずるとき)
 世界にリニューアルの日が訪れた。冬眠をとりやめて楽しげに南下する三百頭の熊たちと数百万匹のリスの群れ。太平洋の魚や鯨たちは大西洋へと押し寄せる。別に住みよい場所を求めての行動じゃあなくって、ひとところにずっと棲み続けるのに飽き飽きしちゃったんだな。山々は動き、地磁気は歪じ曲がる。飛びウサギや一角獣が出現し、飛来するUFOからは小さな人びとが降りてくる。そして、スカンジナヴィアとアラビアの隠されたヴェールの下から続々と湧き出てくる秘密の住人たち。今日はJubilee、聖なる日の訪れなのだ。ヴェリコフスキーフォートにも言及しつつ、ラファティお得意の変容する世界の光景が、騒々しくも愉しげに語られてゆく。

The Wooly World of Barnaby Sheen
 アウストロのシリーズ。"Four Sides of Infinity"の四作目。バーナビー・シーンはミニチュア世界の模型を造った。地質学上のモデル世界の筈だったのに、いつのまにか生命が生まれ、都市が出来て...。でも、やっぱりアウストロとメアリ・モンドがなんか企んでたみたい。ちなみに、バーナビーがアウストロに、「お前はメアリに手を貸したのか」("Do you have a finger in this?")って問うと、"Carrock, me a finger? I'm all thumbs."なんてとぼける会話も愉しい作品。

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