不純粋科学研究所シリーズ
[Institute for Impure Science]
研究所:
そもそもは本来の不純粋科学研究所から所長のガエタンが逐電して、たまたま失業中だったグレゴリーが研究所員のヴァレリーとアロイシャス(と故セシルコーン)に出会って再開した同名の(別の)研究所。アメリカのオクラホマにあって、グラサーの伯父の持ち物である豚小屋(サイロまでついた近代的な)を改造した。
所長:グレゴリー・スミルノフ(Gregory Smirnov)
大きな魂をもった巨人あるいはパッとしない大男。(イースターワイン、われらかく...)千年前に宇宙人が地球の一切れを持ち去ったことを発見。(巨馬の国)どうやら、研究所で一番の(良い意味でも悪い意味でも)常識人らしいのだが、かえって本質に迫れないことが往々にしてあるみたい。たいがいヴァレリーやアロイシャスに振り回されて、なんか事態に取り残されがちである。
研究所員:ヴァレリー・モク(Valery Mok)
才気煥発の女流科学者あるいはしまりのない目鼻立ちをした女。幼態的存在。強烈な官能性として存在し、記憶には鮮明に残るが見かけは冴えない。グレゴリーによればチャールズの生きた魂。アロイシャスによればある魂の小さな妹で石を投げるやつみたいな存在。(イースターワイン、われらかく...)ラファティ作品に登場する女性たちの、いわば典型的パターン(典型だからこそ、強烈でもある)。ラファティ世界の論理を理解し、世界の秘密を解き明かしているのはいつも女性たちだけど、それがあんまり重要なことじゃないって解っているのもまた、女性たちなんだ。
研究所員:アロイシャス・シップラップ(Aloysius Shiplap)
根源的天才。独創的天才。人工授精で生まれた天才。研究所で最も不純粋(impure)な人物。ウィリー・マッギリーにレックビル横町へと連れ去られたアロイス・フルコールト=イーグ教授?(イースターワイン、アロイス、われらかく...、その町の名は?、Flaming Ducks...)男性陣の中では、唯一ヴァレリーとタメを張れるのが、アロイシャスだ。とかくうさんくささがつきまとう彼もまた、世界の秘密を握っているのかもしれない(本人がどこまで自覚的なのかは、やや疑問が残るところ)。
研究所員:チャールズ・コグズワス(Charles Cogsworth)
ヴァレリーの冴えない亭主。超インテリ。(イースターワイン、われらかく...)なんか、"やられキャラ"的なところがあって、お約束としての登場の機会しか与えられないみたい。唯一主役を張った時に(他人の目)すっかりだめになっちゃったらしい。
研究所員:ジェラルド・グラサー(Gerald Glasser)
発明品には天才的閃きがあるが、本人はなみの人間。ユーモアもなければ誤りもおかさない。傲慢な発明家。(イースターワイン、われらかく...、その町の名は?)発明品のEP探知機はリトル・プローブ号に売り飛ばされた。(楽園にて)
エピクティステス(エピクト)(Epiktistes: Epikt)
思考機械(超絶的クティステック・マシン)(イースターワイン、われらかく...)本体は4万リットルのゲル細胞に頭脳エキスをインプットされた生体コンピュータ。莫大な情報を処理して有り得ざる事態に明確な結論を導き出すのが本職だが、次々と可動性端末を繰り出して事態を引っかき回すこともしばしば。だいたい、いつもはっきりと(人間にとって、との意味だよ。もちろん)説明してくれないから、ややこしいことになるんだよね。
準メンバー:ウィリー・マッギリー(Willy McGilly)
レックの長。異常な資質に恵まれ、心にもない謙遜はしないたち。左手の視覚を持った第三指はカプテインの星をめぐる惑星から持ち帰ったもの。(アロイス..、われらかく...)三人の大科学者シリーズでも活躍。いつも真っ先に状況を把握してるけど、どうも世界の創造者とどっかで裏取引してるんじゃないかな。
準メンバー:故セシル・コーン(Cecil Corn)(エレガント)
青年期に夭逝した天才。テレパス。もう少しで可視の存在になるところ。(イースターワイン、Bubbles When...)
準メンバー:ディオゲネス・ポンティフェックス(Diogenes Pontifex)(エレガント)
連鎖的天才。はでな色彩にぬりあげられたセラミック製の雄牛。最小限のエチケットを守らない(うるさいことは言わない意見を拒否?)ため研究所員になれない。(イースターワイン)フェランの推論に対する反証として100個の実体と重さを持つ天体が同時に地球の占める空間を占めているとの仮説をたて、共棲する人間の各形態の同時性を証明しようとした。(町かどの穴)著書に『完全性としての世界』(完全無欠な貴橄欖石)
準メンバー:オーディファックス・オハンロン(Audifax O'Hanlon)(エレガント)
過去にあったこと、これからありうることをすべて知っている。最低限のエチケット・ルールに違反したため研究所員になれない。(イースターワイン)著書に『高揚哲学』(完全無欠な貴橄欖石)、『失われた空』(太古の殻にくるまれて)
元所長:ガエタン・バルボ(Gaetan Balbo)
ありとあらゆるものを支配する無冠の帝王。サン・シメオン(ゴールデン・トラバンドでは黄金の中継地)出身。研究所の出資者。(イースターワイン)研究所内にはガエタン・バルボ記念会館もある。(All Hollow...)
ピョーター(Pyoter):作業員。元ガニメデ星の王ピョートル大帝。(イースターワイン)
エナージン・アイマー(Energine Eimer):IDTプロジェクトに参加(問答無量)
クリングウォー(Klingwar)、ワンホク(Wanhok):思考機械(イースター)世界の向こう側で、エピクトに次いで製作された思考機械。
クレスモエイディ(Chresmoeidy)、プロアイス(Proaisth):思考機械(われらかく...、All Hollow...、Great Tom Fool)過去改変により生じたのかと思えば(われらかく...)、実際に可動しているみたい。前者はフランス製で後者はイギリス製(All Hollow...、Great Tom Fool)
ルイ・ロバチェフスキー(Louis Lobachevski)、ジョニー・コンデュリー(Johnny Konduly):過去改変により生じた最高の頭脳(われらかく...)Buckets Full of Brainsでは、ルイ・ロバチェフスキーの著作"鳥たちの幻影"から、「形象は自身の内実を顕す」「幽霊は最優先された実体のない数学的形象に過ぎない。幽霊はそもそも幽かな存在でなく、幽かであることは問題なのだ。」と引用される。ジョニー・コンデュリー(本作ではジョン)の講演"私は落とし罠である"からは、「精神性はいつも肉体に内包されていることに気づくのだ」と引用される。
研究所シリーズ作品:
長編
イースターワインに到着 リクエスト中!
(Annals of Klepsis):アロイシャス登場 [review]
短編
巨馬の国
われらかくシャルルマーニュを悩ませり
その町の名は?
他人の目
問答無量
All Hollow Though You Be [review]
Bubbles When They Burst [review]
Flaming Ducks and Giant Bread [review]
Smoe and the Implicit Clay [review]
Bird-Master [review]
Great Tom Fool:研究所の別バージョン[review]
(町かどの穴):ディオゲネス登場
(アロイス):ウィリー・マッギリーとアロイス教授(アロイシャス?)登場
(楽園にて):グラサーとEPマシンに言及
(The End of Outward):チャールズとディオゲネス登場 [review]
(Calamities of Last Pauper):研究所の所行について、ちょっとだけ触れられてる。 [review]
不純粋科学研究所の研究計画と成果について
さて、この怪しげな(いいや、"偉大な"だ!ってグレゴリー)研究所ではどんな研究が行われてきて、いかなる成果を挙げたのだろうか?おそらくは最初期の研究と思われる"Bubbles When..."のセシル・コーンの実験から、研究所の最期と思われる"問答無量"まで、ざっとまとめてみよう。
まずは研究所を第一期(ガエタン・バルボ所長のもとに発足。ヴァレリー、アロイシャス、セシル・コーンが所員)と、第二期(ガエタン逐電後、グレゴリーのもとに再開。ヴァレリー、アロイシャス、チャールズ・コグズワズ、グラサーが所員)にわけてみよう。エピクトは第二期に誕生した。
明らかな第一期のエピソードとしては、Bubbles ...にて語られるセシル・コーンの実験がある。セシルの生前の研究としては、イースターワインに到着でも若干の言及がある。残りの総ての作品は第二期のものであり、IDTプロジェクトの顛末が語られる問答無量がおそらくはシリーズ最後の作品と考えられる。他の作品の時系列は明らかでないが、他人の目はヴァレリーとチャールズの結婚前のエピソードであり、比較的早期のエピソードと思われる。(しかし、イースターワインで語られた第二期開始時のエピソードではすでにヴァレリーの夫として紹介されており、矛盾点といえよう)また、エピクトと二体の思考機械(クレスモエイディとプロアイス)はGreat Tom Foolで莫大な収益をあげており、All Hollow ...でこのエピソードが言及されている。クレスモエイディとプロアイスはわれらかく...では過去改変の結果としてのみ存在しており、実世界では製作前と考えられる。従って、シャルルマーニュ...→Great Tom...→All Hollow ...である。なお、Flaming...では、エピクトは世界唯一のクティステック・マシンと説明されており、これも比較的早期のエピソードだろう。また、Bird-Masterはエピクトが創られて二年目のエピソードであり、ヴァレリーは当時29歳と判明。
研究所の経済状態はどうだろう。Flaming...では研究所の窮乏状態(何せ、空から降ってくる焦げた家鴨や巨人の肉塊まで喜んで食糧としている)が描かれるが、All Hollow ...では経済的に心配ないところまで辿り着いた。しかし、これは研究が順調にいったがためではなく、Great Tom Fool以降のエピクトたちの詐欺行為による結果である。イースターワイン...でもいろんな詐欺の手口が公開されており、エピクトには「人間的な観点」からみた倫理観はないのである。
実際に研究所における実験・研究を扱った作品は、長編イースターワイン...、短編Bubbles ...、他人の目、われらかく...、その町の名は?、Great Tom...、Flaming...、問答無量である。巨馬の国ではグレゴリーの学説が披露されるのみ、All Hollow ...は空洞地球の騒動にまきこまれるが研究所主体の実験はなし、Smoe...ではエピクトが依頼によって出張する話で他の所員も結末近くでちょいと出演するだけ。Bird-Masterは伝説のバード・マスターとの邂逅と顛末が描かれるも実験はなし。Calamities...では、所員たちがアメリカ大陸にチベット高地から多毛のサイを持ち込んだらしいけど、目的は不明。なお、「あの研究所のいかれた奴らが...」なんて非道い言われようである。
イースターワインで扱われる研究はなかば抽象的(エピクトの一人称で語られているのも要因だろうが)なので後述する。短編群で扱われるテーマは、第一期のコーンの実験(Bubbles ...)が最も(一般の)科学的なものだろう。光速の壁を打ち破って星間航法を実現するために、テレパシーによる伝達実験を行ったものであり、通常の(って何かな?)SFとしてありがちな設定である。ただ、この作品はコーンの死後、第二期にエピクトとグレゴリーによって再開された実験をも扱っており、コーンが死を賭して実現した"同時性伝達"の秘密が解き明かされる。
第二期は、エピクトの特性(莫大な情報を処理して有り得ざる事態に明確な結論を導き出す)を活かした設定の作品が多い。Bubbles ...の後半もそうだし、その町の名は?なんてその最たるもので、存在が知られていないあるものを証拠の不在を綿密に検討することによって発見する話。エピクトへの入力はけっこう人力的な要素も大きいらしく、All Hollow ...では早朝宅急便でどっさり届いた文献をグレゴリーとヴァレリーとアロイシャスの三人が手作業でスキャンしている様が描かれている。Flaming...もその手の作品で、歴史からこぼれ落ちた謎の数年間をデータ解析により解明しようとする。過去の探求を題材にとった作品もラファティの好みだが(他にもダマスカスの川とか)、われらかく...では過去に干渉して現在が変化していく、いわゆる過去改変がテーマである。一方、Great Tom...は降霊実験によりシェイクスピアの正体を探ろうとするが、厳密にいえば研究所の実験というよりもエピクトと他二体の思考機械が企んだものであり、研究所員は蚊帳の外におかれている。他人の目でも冒頭でタイムマシンによる過去の探求が述べられるが、主たるテーマはチャールズの研究であり大脳走査機により他の人物の主観を体験する話。問答無量はうってかわってオズマ計画を彷彿させる異星人とのコミュニケーションを試みたIDTプロジェクト(Instant Distant Translation)の顛末が描かれるが、結末では研究所の末路が描かれている。
それでは、以下にプロジェクトを列挙していこう。(一部ネタばれがあるので、未読の方は気をつけて)
"我らを取巻く障壁"プロジェクト(Bubbles ...)
セシル・コーンによって計画されたプロジェクト。光速を越える航行法を発見するために、テレパシーによる同時性伝達を試みた。実験はアロイシャスをパートナーとして行われ、ヴァレリーもコーンとの思考の同調による記録を行っていた。具体的には、月や火星にコンタクト地点を設定し、テレパシーによる伝達と無線による伝達の時間差を測定するというきわめてまっとうなもの。結果としてコーンは命を落とし(何で死ななきゃならなかったのかは、ジンクスとして処理されておりやや不明瞭だが)、計画は中断の憂き目にあう。第二期にグレゴリーとエピクトによって再実験が行われ、同時性伝達の謎は解き明かされるのだが、成果を学会から無視される結末に至る。データの収集と解析を行っているエピクトから洩れてくる情報の断片("泡がはじける時"とか、"電気ウナギが死ぬとき"とか)に研究所員も読者もフラストレーションがたまってくるが、謎の解明とともにある種のカタルシスが得られる。この作品では十分な効果を果たしているとは言い難いが、同じような方法論をもってその町の名は?では見事な効果をあげている。
"その概念が完全に消去されたなにものかを再構成する"プロジェクト(その町の名は?)
グレゴリーによって提唱され、エピクトが莫大なデータを処理して遂行したプロジェクト。エピクトから洩れてくる情報の断片("以前にキューブと呼ばれてた小熊はなぜバップと呼ばれているのか"とか、"インディアンの平和のパイプへの言及がなぜ避けられているのか"とか)は更に謎めいて興味をかき立てられるが、やがて明らかになる真実(注意!ここからネタばれに入りますよ)から得られるカタルシスは素晴らしいものがある。それは、1980年にある大都市が一瞬にして壊滅し(ちなみにこの作品は2000年に設定されている)、この事件のもたらした大きなショックを忘れ去るために、この都市にまつわるあらゆるデータを消去する政策がとられたのだ。計画はグレゴリーが作成した万有記録遠隔歪曲機によって実行された。すべての印刷記事は消滅し空白は埋め草記事によって補填され、人間の記憶も総て抹消された。この作品のポイントはタイトル通り、この都市の名前にある。読後の方はご存じの通り、シカゴがその解答なのだが、どうもFantastic Chicagoというアンソロジーにこの作品が再録されているらしい(現物は未入手)。これでは、読む前からネタばれしてしまっているような気がするのだが...。
"左巻きの草"プロジェクト(その町の名は?)
作品中で簡単に言及されたアロイシャスのプロジェクト。単に左に渦を巻いているだけでなく、有機構成物質の構造が逆になっている。当然ながら栄養として吸収されないため、この草を飼料とした牛は体重が減っていく。まあ、よくあるアイディアなのだが、アロイシャスは、骨と皮の牛に販路ができるのを待っているとのこと。
"歴史からこぼれおちた年を探る"プロジェクト(Flaming...)
グレゴリーによるプロジェクト。歴史からこぼれおちた数年間、天文学的には存在が確認されているのに、年代史の編纂時にとばされてしまった幻の年について探索する(だから、キリストの生誕は紀元前4-6年になるのだ)。グレゴリーによるアナロジーでは、この年はいわば存在しないはずの13階みたいなもので、いつのまにかおかしな間借り人が住みついて奇妙な家賃を納めだす。(ゲゲゲの鬼太郎に似たような話があったよね。どうも、ラファティと水木しげるってときどき発想に似たとこがあるような気がする。ああ、でもうろ覚えだがウィリアム・テンにもあったっけ。)やがてこの年は(勘定されなかった)1313年にはじまる数年間であることがわかり、女帝ジョーンに統治された幻の都アモールについて語られることとなる。
"過去改変"プロジェクト(われらかく...)
さあ、SFの主要テーマのひとつ、過去改変ものである。改変によって生じた現在の人びとが、過去を改変されたって事実に気がつかないっていうネタはよくあるのだが、料理の味付けがラファティならでは。エピクトの可動端末を西暦778年の過去に送り込んで、シャルルマーニュ(蛇足ながら西ローマ帝国のカール大帝のこと)の時世に干渉する。話の組み立ては単純で、作品内に言及される"鼻にソーセージをくっつけた妻"の話に代表される三つの願いのヴァリエーション(そういえば、レインバードもそうだよね)。現在の世界と、豊かな芸術に満ちあふれた飽満した世界、カチェンコ仮面をもつ精霊とスカンクの尻肉の世界、さて、あなたはいずれがお好みかな?
"天球を揺るがせ"プロジェクト(Great Tom Fool)
シェークスピアの諸作には、彼の時代にまさに話題をさらっていた新大陸とその産物(タバコ、じゃがいも、コーヒーなど)への言及がいっさいなく、また詩篇や演劇中で認められる押韻が約80-100年も前の発音に準拠している(例えば、普通はhairにはairなんかが韻を踏むのに、earと韻を踏んでいる)。それで、シェークスピアの作品は誰かもっと前の時代の人物に創られたものじゃないかって説を実証しようとする計画。冒頭でエピクト(デュード)によって告げられたプロジェクト名”Project 'Shake the Spheres'”は、シェークスピア・プロジェクト”Project Shakespeare”に通じる。あるいは、"トム・フール(まぬけ)とそのポリローグ(モノローグに対する造語)"プロジェクト、もしくは"カレー港の税関における金庫の問題"プロジェクトとも。プロジェクトの実際は、科学的降霊実験(Deep Psychic Scan)、すなわち三体の思考機械たち(エピクト、クレスモエイディ、プロアイス、本作での仮称はデュード: Dude、ディンゴ: Dingo、トフ: Toff)の頭脳に貯蓄された莫大なデータから再構築された過去の人物が、あたかも降霊会で呼び出された亡霊のごとく実在化するのである。この実験には、エピクトらの手配でなぜか大きな出版社の代理人たちが立ち会っていた。
明らかとなった事実は、シェークスピアの諸作は80年前に複数のトム某が書いたものであり(いずれも、トムの名をいだく教養と才能に溢れた著名な人物たち。歴史好きな方なら、読んでる途中でピンとくるかも)、シェークスピアはカレー港の税関に保管されていた作品が詰まった金庫を入手して発表していったのだ。そして、彼が手に入れたのは二つあった金庫のうち小さいほうであり、100作以上もの未発表作が詰まった大きい金庫の存在が明かされ、莫大な競り値での競売がはじまることとなる。
"過去再現"プロジェクト(他人の目)
他人の目の冒頭で触れられたプロジェクト。再現相関機、いわゆるタイムマシンにより歴史上の重大な場面を再現する。発明自身は成功だったが、再現された光景はいずれも当て外れのものばかり。ヘイスティングの戦いは5エーカーの土地を舞台とした20分たらずの小競り合いだったし、ヴォルテールはえんえんと無駄話をするひねくれた老人。サッフォーはお気に入りの猫を去勢する話しかしないし、ひげの"本質"と"実体"について深遠?な講義をするアリストテレス、などなど。
"他人の目"プロジェクト(他人の目)
チャールズ・コグズワスの発明、大脳走査機によってふたりの人物の脳を共感させ、相手の主観を通して世界を眺めるプロジェクト。"みんなが赤といってる色は、僕のみてる赤と同じだろうか?"といった少年期の不安に端を発し、長じてどの人間もちがった世界に住んでいるという事実に気付き、装置の発明に至ったのである。チャールズは、グレゴリー、バルボ、ヴァレリーの他、数学者、実務屋、心理学者、批評科たちの世界を試したのだが、グレゴリーの巨人の目、バルボの王者の目、数学者の盲いた隠者の目など順次経験していって、最後にヴァレリーの強烈で官能的な世界にショックを受けサナトリウムに入院する羽目となる。
"瞬時に遠くのものを翻訳する"プロジェクト(問答無量)
IDTプロジェクト(Instant Distant Translation)は、到達限界の外、おそろしく遠いところの知性とコンタクトをとって共感関係を結ぼうとするもの。10年以上も進展をみせなかったが、所員以外の参加者エナージン・アイマーの"話好き"という特徴を活かしたアプローチにより、星間ロンリー・ハート・クラブよろしく交歓がはじまった。相手はとてつもなく雄弁な異星人(エナージンによって、とりあえずアルバートと命名)で、地球にやってきてえんえんと喋り続ける。世界中は興奮に沸き立ったが、やがて研究所のメンバーは散々な末路をむかえることとなる。
"薄い水"プロジェクト(イースターワインに到着)
研究所の第二期の最初のプロジェクト。詳細は不明だが、アロイシャスが製造し、結果として所員全員があやうくリンチにかけられるところだったとのこと。
"クティステック・マシン"プロジェクト(イースターワインに到着)
研究所の第二期の方向性を決定づけたともいえる、われらがエピクトを生み出したプロジェクト。第二期が開始して七年目に戻ってきたガエタンの出資により実現した。機械と人間、両方の機能を持ち合わせたいわば集合人間としてのクティステック・マシンは、4万リットルのゲル細胞にインプットされた研究所員をはじめとするあらゆる人間たちの頭脳エキス及び性格エキスを持っており、データバンクをあわせた総体は9千立方メートル、莫大な情報を処理してあらゆる質問に明確な結論を導き出す。これは、(グレゴリーによれば)、人間自身には踏み出すことのできない、しかし人間にとってつぎの発展段階となる次元へと第一歩を踏み出す試みである。最初に、エピクトに与えられた三つの基本的課題はリーダー、愛情、相互の連絡(リエゾン)だ。
ガエタンによればリーダーたるに必要な資質は七つ(判断力、理解力、協議能力、力と目的をたゆみなく保持する能力、ほんもののデータをがっちり取り扱える能力、開示された宇宙の摂理に忠実なこと、ままならない現在を際限もなく、同時に節度を持って利用することに対する神聖な恐れ)であり、これらを保持する人物をエピクトにみつけさせてガエタン自身が世界を指導する心づもりなのだ。やがて、彼はエピクトのプログラムをいじくってデータの奪取と改竄を試みるのだが、結局は志を得ずに研究所から去っていくこととなる。
アロイシャスは"完璧な愛"の特性をEP探知機の端末にプログラムして人工衛星に積み込み、地球上の愛と慈愛のありかを探索するように設定した。発見した愛から特別なエッセンスを抽出し、分析し合成した愛のエッセンスで地球上を満たし、地球と人類全体を甦らせようというわけだ。計画は首尾よく実行されたのだが、効果が十分にゆきわたるには"かなりの"時間がかかるみたい。
故セシル・コーンがやりかけてたプロジェクトのひとつ、"われわれの原型(The Shape We're In)"とは宇宙の形を決定するものだ。彼の説では宇宙は伝達能力を持った内角的な形状の球体である。しかし、ありとあらゆる形とパターンについてのデータに、蛇腹の模様や子蛇の大網膜、蛍光を放つウミシラミや岩場アナグマの骨髄、青年のポルターガイスト的不均衡状態、妖魔の巣などなどから読みとった秘密のメッセージも加えたのちにエピクトが出した結論は穴ぼこだらけのしろもので、コミュニケーションなんてとりようもない。ヴァレリーに唆されてディオゲネスが行ったオベリスク型雪片の実験で示されたように、総ての特性を決定づけるのは形と構造である。すなわち、実質と形は同じものであり、コミュニケーションはその属性だ。そして、その最終段階であるイースターワインに到着することはまことに困難なことなのだ。
"性格エキス抽出"プロジェクト(イースターワインに到着)
グラサーが発明した性格エキス自動抽出装置を用いてあらゆる人間のエキスを抽出し、エピクトのゲル細胞にインプットしていった。また、この装置は人間のみならず、あらゆる動植物や、岩や山や雲なんかの無生物からもエキスが抽出できるのだ。エピクトは情熱にかられ(グラサーによれば、愛の虫にかまれたから)、森羅万象ありとあらゆるもののエキスを手に入れようと熱望する。
"EPマシン"プロジェクト(イースターワインに到着)
EP(超認識能力)探知機はグラサーの手になる発明で、優れた思考や知性の源を片っ端からつきとめるスキャナー。百万人の中からただひとりの天才をみつけだし、膨大なミミズの中から一匹のすぐれたミミズを、一千万個の癌細胞からリーダーシップをとれる知能をもった一個の細胞を、北の森に生えた松のどの松傘よりも頭の切れる松毬を選び出せる。研究所員たちはみんな、この探知機によると天才かスーパー天才かスーパースーパー天才なのに、発明した当人のグラサーはまったくの並の人間と判定したのだ(ていうか、ホコリタケやブヨの中にさえより多くの知性を読みとったくらい)。おかげでEP探知機とグラサーの間は険悪となり、最終的には惑星探査機リトル・プローブ号のオーナーにたたき売られる始末。(楽園にて)
"エピクトの可動性端末(もしくは移動可能な分身)"プロジェクト(イースターワインに到着他)
プロジェクトっていうか、エピクトが"ぼくもおもしろい目をみたいから"と、優秀な組み立て屋でもあるチャールズの協力のもと、どんどんといろんな端末を創り出すようになった。イースターワインに到着では、原始的詩人たる若者、豚みたいに太ってにたにた笑う土くれ野郎、"愛、愛、ズーム、ズーム"と叫んで自爆するロケットの三体による手の込んだ寸劇を演じる。ペテン師を量産し、詐欺行為のあとに回収して証拠隠滅を図る。七人のギャンブラーがグラサーの未来鏡(10分先の未来しか透視できないため、グラサー自身は失敗作だと悲嘆にくれてたやつ)を駆使してギャンブル・タウンを根こそぎぶったくる。古ぼけたガウンを羽織った顔の長いイースターワイン(あれえ、コミュニケーションの最終段階のことじゃあないの?)と名乗る分身も登場する。エピクトの可動性端末はその他のほとんどのシリーズ作品で活躍し、われらかく...では過去への刺客として登場(なかば機械的、なかば幻影的な構成物としての"化身")、Smoe...ではセイウチ髭を生やし丸皿大の空色した眼と2メートルの太鼓腹の姿で遠くホーキーの星まで出かけてきた。また、研究所内では直径1メートルたらずのケーブルで本体に直結された機能ヘッドを愛用し、有名なところではわれらかく...でのカーニバルの山車からコピーした長さ1メートル半の竜の頭(大森望さんのホームページにある、"辺境の電脳たち"最終回では水玉螢之丞さんのイラストが!)とか。All Hollow...では、偽アウストロ端末も登場し、興奮するとワニやカバ、仔ライオンやアザラシなどのいろんな端末を次々と乗り換えていったりする。(そのうち、エピクトの端末図鑑なんてのも造ってみたいですね。)
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