memoir
Worlds of If: A Retrospective Anthology, '86
"九百人のお祖母さん"と供に収録された。
ギャラクシー誌が、不釣り合いなほど大勢のSF読者から最高のSF雑誌とみなされていた時代には、同誌の弟分にあたるイフ誌の方が一貫してより優れた作品を掲載していたというパラドックスがあった。これは全く公然の秘密であり、これら二誌の編集者たちのうち少なくともひとり、おそらくはふたり、だけが気付いてなかったようだ。しかし、最高のSF雑誌より優れた雑誌だったら、そっちが最高とみなされるべきじゃないのか?いや、たぶん、違う。イフ誌はそうじゃない。
ギャラクシー誌には特徴があった。優れた書評や科学記事(連載されてたウィリー・レイの素晴らしい記事を含む)。そして、明らかに最高の作品を載せようとする意志があった。著名な作家たちを抱え、読者受けを狙い、華やかさがあった。これらは総て、読者を強く意識したものだった。また、ギャラクシー誌にはたくさんのより優れたアートがあった。しかし、より優れた作品はイフ誌に載っていたのだ。
私は、幸運にも両誌にかなりたくさんの作品を売ることができた。ギャラクシー誌に売れた時には、その作品に何かが欠けているということが解っていたが、同時にイフ誌に採用された時と比べてよりたくさんの収入が約束されるってことも判っていた。
"九百人のお祖母さん"はよくできた話だ。そして、ともかくこのアンソロジー(Worlds of If: A Retrospective Anthology)はよい作品集となるはずだ。イフ誌に掲載されたたくさんの作品群のどこにバケツをつっこんでみても、優れた話を掬いあげない訳にゃいかないって寸法だ。とびきりの駄作を釣り上げてしまう恐れはない。当時のギャラクシー誌にちょいちょい載ってたようなやつ、あるいはアスタウンディング誌やF&SF誌みたいにね。イフ誌のだいたいどこをとっても、お宝がひっかけられるのを待っている。おいっ。その優れた書き手のひとりがイフ誌の黄金期にはこんなに傑作をものにしてるんだよ。時の六本指、七日間の恐怖、ブリキ缶に乗って、ゴールデン・トラバンド、うちの町内、McGonical's Worm、ブーマー平、Mad Man、楽園にて。信じられないね!
「なあ、たとえ眼をつむって読んでても、こいつからビッグ・バンがまきおこってくるぜ」とは最近別の本を読んでた友人の言葉だが、Worlds of If: A Retrospective Anthologyは今季の最も爆発した(Banging)SFアンソロジーとなるはずだ。
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