キーワード事典


 キーワード事典です。ラファティ作品は、宗教や文学、歴史関連の衒学趣味に溢れている一方で、超科学や超常現象などのトンデモ系のネタも重要なファクターとなっています。いずれも深入りすると大変なことになってしまいそうですが、ラファティ作品の理解を深めるためって意図で簡単なキーワード事典を企画しました。作品内に登場する、もしくはラファティと関連があると思われる様々な事象や人物等を大雑把に分類した項目別に挙げて簡単な解説を加えていきます。

 作品から抜き出した表現については(原典)を付記しています。



人物

-科学・超科学-
Charles Fort :チャールズ・フォート
 1874-1932、アメリカのジャーナリスト。新聞や雑誌から多くの超自然現象や奇妙な事件の資料を収集して独自の理論を創りあげた。死後に設立された Fortean Society は資料の保存や収集に当たっている。米語では奇現象(anomaly)はFortean phenomenaとも。ラファティ作品では"Fortean"という形容詞がしばしば出てくる。現在の日本では"フォート派の"よりは"トンデモ系"と訳する方が判りやすいか。(ちょっとニュアンスは違うんだけどね)著作4冊を纏めたお得な"The Complete Books of Charles Fort"が入手可能。 (When All the Lands Pour Out Again, また、石灰岩の島々も
Immanuel Velikovsky:イマヌエル・ヴェリコフスキー
 衝突する宇宙(Worlds in Collision)の作者で、ロシア生まれの医師。1950年に出版された本作はベストセラーとなった。かつてある巨大な彗星が木星より噴出し、二回にわたって地球に接近し、最終的には金星となったという。最初の接近は紀元前1500年、イスラエル人の出エジプトに一致する。この接近により地球の自転は多大な影響を受け、慣性により大地殻変動が起こった。モーゼが海を分けた奇蹟はこのためである。彗星の尾にあった炭水化物は凝結し聖なる糧マナとして降り注いだ。紀元前七世紀には再び接近により各地に災害が起こり、旧約聖書の数々の記載や民間伝承との一致を証拠として挙げる。古代の記録の不備を集団健忘症のせいにする観点は、もしかして"その町の名は?"の元ネタか?(参考:マーチン・ガードナー著、市場泰男訳「奇妙な論理」現代教養文庫) (When All the Lands Pour Out Again

-歴史・宗教・哲学-
Thomas More:トマス・モア
 1478-1535、イギリスの政治家で人文主義者。"ユートピア"を著した。長編パストマスター(トマス・モアの大冒険)の主人公。Web上に公開(10/28, '01現在)されている論考としては、木戸英判さんの木戸の本棚:R・A・ラファティに詳しい解説があります。 (パストマスター
Prester John:プレスター・ジョン
 中世の伝説上のキリスト教修道士で、プレスター・ジョンの王国を創ったとされる。場所は諸説あり、アジアともアフリカともいわれるがエチオピアが有力との説も(ラファティはこれを採択か)。不思議な水の力で永遠に生きているという伝説もあって、ジョン・ペナンドルーがその秘密を求めてアフリカに旅立った。 (The All-At-Once Man
Etienne Bonnot de Condillac:コンディヤック
 1715-80、フランスの哲学者。 彫像の比喩で有名な『感覚論』の著者。"コンディヤックの石像"では、友人のジューアンドー医師とともに、石像に記憶を拭いとった脳を移植して順次に感覚を与え、生得観念が存在しないことを証明しようとした。(コンディヤックの石像

-文学-
William Morris:ウィリアム・モリス
 イギリスの詩人で美術工芸家(壁紙のデザインは有名)。社会運動家としても活躍した。"意思と壁紙としての世界"の主人公がこの名を受け継いでいるが、本作での奇妙なユートピア社会にはまた、モリスのファンタジー作"世界のかなたの森"等のキーワードが引用されている。 (意思と壁紙としての世界
Flann O'brien:フラン・オブライエン
 しばしばラファティとの類似を指摘されるアイルランドの作家。邦訳では"第三の警官"がある。John CluteによるThe Encyclopedia of Fantasyの記載では、「最も比較されうる作家はおそらくFlann O'Brienだろう。彼の"第三の警官", '67は、狂気が織りなす日常がたやすく大げさなファンタジーと無造作な解決へと至る。その"説明"の構造は一部が、ラファティの作品ではより顕著にみられるように、冷酷かつ愉悦に満ちたように科学と SFの文法をひっかきまわすのだ」とあるが、夜の訪れは黒い粒子が降りてくることによる、とか、長年自転車に乗っているひとは振動により少しずつ自転車の分子と身体の分子が入れ替わっていって、郵便局員なんかはむしろ自転車含有率が元の人体の分子を凌駕してる、なんて珍説奇説が満載されたファンタジー"第三の警官"は必読。
Avram Davidson:アヴラム・デイヴィッドスン
 しばしばラファティと並び評されるSF・ミステリ作家で、F&SF誌の編集長としても活躍した。本邦では雑誌掲載の短編は数多いが、唯一の抄訳短編集「十月三日の目撃者」は絶版で、長編の翻訳もなしという不遇な扱い。確かに翻訳は難しそうなんだけど...。ヒューゴー賞受賞作「あるいは牡蠣でいっぱいの海」も入手困難である。僕にとってはラファティと並んで大好きな作家なんですがねえ。再びJohn CluteによるThe Encyclopedia of Fantasyの記載をひくと、「ラファティ同様に読者の期待を裏切っていくという点で、同時代の作家で唯一挙げられるのがアヴラム・デイヴィッドスンである。ほとんどの現代のSFやファンタジーの作家たちと異なり、両者は伝統的な宗教に憑かれ、信仰している。ラファティはローマ・カトリックに、デイヴィッドスンはユダヤ教に。彼らの全貌を知った後でなければ、その一部を理解しようとするには能わないのだ」とのこと。また、ガードナー・ドゾアによるラファティ評にも「ラファティのいいところ、すなわち素朴な豊かさ、驚くべき深みと力に満ちた歌うリリシズム、風変わりな想像力、アヴラム・デイヴィッドスンのみが張り合えるようなオフビートな衒学性の横溢、そして力強くこんがらがった無敵のユーモアのセンス」なんて記載がある。主に六十年代の未訳長篇群とエステルハージィ博士シリーズの紹介を中心とした田波正さんによるファン・サイトSPPAD60は必見。

科学・超科学・超常現象など

The Hollow Earth:空洞地球
 地球の内部が空洞であるという説は、あまたのSFや娯楽小説の中に出てくる設定であるが、実際に信じている人びともいる。マーチン・ガードナーの「奇妙な論理」によれば、一九世紀初頭に米歩兵隊を退役したシムズ(Symmes)の同心球理論が有名な例だ。地球は五つの同心球で構成され、両極に開いた径数千マイルの穴を流れる海で繋がっているという。この奇妙だが魅惑的な理論は十分な賛同者を得るには至らなかったが、数々の小説に影響を与えたとされる。二十世紀初頭にはイリノイ州のガードナー(Gardner)が内部に径六百マイルの太陽を抱く空洞地球論を展開し、極穴から漏れ出る光がオーロラであると説いた。一方、十九世紀後半にニューヨーク州の医師ティード(Teed)が披露した空洞地球論は奇天烈だ。われわれは、空洞地球の内部に住んでいる!というのだ。ティードはカリスマ性をもっていたようで、"炎の剣"という信者四千人の団体を率いていた。ティードの理論は第一次大戦後のドイツに伝播し、飛行家ベンダー(Bender)の提唱する"Hohlweltlehre"(空洞世界説)として発展した。小説の世界では、シムズの世界観を拝借したとみられる"シムゾニア"が1820年に匿名で発表されたが、ポーの"アーサー・ゴードン・ピムの物語"やヴェルヌの"地球中心への旅"をはじめ、SFではバローズのペルシダーもの。最近ではルディ・ラッカーの"空洞地球"と枚挙に暇ない。Web上に公開(10/28, '01現在)されている論考としては、ご存じ野田大元帥の地球空洞説の系譜も必読。 (All Hollow Though You Be
Dowsing:ダウジング
 "ダマスカスの川"では、ダウジングに科学的?な解説が試みられている。ダウザーとは、自己の脳波の波形を意識的にヘテロダイン受信することにより総ての有形物と多くのコロナ放電から反響を聞きとることができる人間のこと。ダウザーは過去の微弱な残響ビートと同調することにより、その場所に固有のもの、そこに長年しっかりと根をおろしたものから生まれた古代の残響から共鳴を聞きとることができる。とりわけ地下水流の反響を聞き取るのに秀で、優秀なダウザーは岩石や砂や土壌の信号を聞きとり、水や空気、谷や砦が話す言葉を聞きとれる。きわめて優秀なダウザーは風雨にさらされて古色を帯びた表面被膜、すなわち最も珍しい種類のコロナ放電たるパティナからも共鳴と反響を聞きとれる。パティナは残響する表面であり、古い振動と波から作られ、質量と有形の実体があり、磁性を示す。それは過去の人物や物体や事件を記憶し、後に送信と再現の源となる。その実例が幽霊だ。幽霊とは古い事物と古い行為の送信と再現なのだ。("Bank and Shoal of Time"では岩石のパティナをもとに過去の女性を再生する話が出てくるが、完全に肉体を具現化できたのに生命の火は灯らなかった。また、"Heart of Stone, Dear"では聖地メッカに安置される聖なる"カーバの黒い石"が、見聞したあらゆるものを記憶し語りかける石とされるが、石そのものの特性かパティナに基づく現象かの記載はない。)なお、インディアンの中でもショーニー族は最もダウジングに長けているという。ガードナーの「奇妙な論理II」によると、ダウザーは二股になった木の枝である占い棒(Dowsing Rod)を握って歩き、地下水脈を探りあてると手の中でくるりと枝が回り、上を向けていた二股の部分が下を向くという。ガードナーによれば、水脈を示唆するあたりの地質学的環境の読みとりなどをもとにした、インチキの一種とされるのだが。 (ダマスカスの川
Eidolon:エイドロン
 "ダマスカスの川"では、ダウザーの裏返しとしてエイドロン人を挙げる。Eidolonとは通常は幽霊や幻影を表す単語であるが、本作ではイメージを投射し幻影を実体化する能力者をエンドロン人と規定する。優れたダウザーとエイドロン人が協力することにより、地球上のあらゆる現象がパティナより再現可能なのだ。クリス・ベネデッティの仮説では、かつて総ての生命が突然に地球上から姿を消し、現在われわれが住んでいる世界とはパティナから再現された二次的世界だという。 (ダマスカスの川
Rain Dance:降雨術
And All The Skies Are Full of Fish
Fafrotskies:魚の雨  (Figure)
And All The Skies Are Full of Fish
Telepathy:テレパシー
Bubbles When They Burst
Travertine Islands in the Sky:空の浮島
また、石灰岩の島々も, Flaming-Arrow

宗教・魔術・呪術・占いなど

Jubilee:聖なる年
 レビ記にある「ヨベルの年」ことyear of Jubileeは、神がモーゼに命じた贖罪の年である。五十年ごとに巡り来るこの年には農耕を行わず奴隷を解放し、土地や家屋を元の持ち主に返さねばならない。Jubileeを特別な年として言及している作品も幾つかあるが、元の持ち主に返される、というモチーフは"巨馬の国"や"奪われし者にこの地を返さん"などの作品にも繰り返し登場する。(When All the Lands Pour Out Again, And Walk Now Gently Through the Fire...
Limbo:リンボ
Company in the Wings
Haruspicy:腸卜
Haruspex,Bubbles When They Burst,Flaming-Arrow

動植物・博物学など


政治・社会・歴史・経済など

Secret Sociaty:秘密結社
 秘密結社とは?澁澤龍彦の"秘密結社の手帖"(河出文庫版)裏表紙から引けば、「たえず歴史の裏面に出没し、不思議な影響力を個人や社会におよぼしつづけた無気味な人間集団、秘密結社(後略)」とある。西欧では薔薇十字団やフリーメーソン、KKK団に黒魔術や悪魔崇拝の集団などなど、枚挙にいとまない。日本では真言密教の立川流が知られているが、どちらかといえば馴染みのない"秘密結社"(ちなみに私は、秘密結社といえば星新一のいくつかの作品を思いおこす)。ラファティの諸作にも秘密結社やそれに類する集団が登場する。"秘密の鰐について"はまさに"秘密結社"そのものをテーマとした短編だ。冒頭の1ページかそこらで世界の秘密が一挙に明かされる。わずか四人の人物から成る秘密結社が世界のすべてのジョークを作りだしている。中にひとりだけ面白くない人物がいて、面白くないジョークができあがるのはすべてこの男のせいだ。世界経済は七人の男から成る秘密結社が支配しているが、うちひとりだけでも経済の専門家ならよかったのに、と考えている人間はいないでもない。そのほか、世界のファッションを支配する秘密結社、すべてのファシスト組織の黒幕たる"団集花序"、世界のすべての秘密の泉を支配する"エドムの長老団"、すべての過激派と無神論者の組織の黒幕"海"などなど。これらの秘密結社の大部分が作りだす奇妙な組織網の上に、世界のムードと傾向を支配する秘密結社"鰐"があり、それに対抗する三人から成る、すべてを支配する秘密結社がごく短い破壊的な期間だけ存在したのだ...。 (秘密の鰐について, The Emperor's Shoestrings、超絶の虎
Berserker:狂戦士
And Mad Undancing Bears

文学・民俗学・伝承など

Utopia:ユートピア
パストマスター, The Most Forgettable Story in the World
Tall Tale:ほら話
 アメリカのほら話"Tall Tale"は、信じられないような馬鹿っ話の宝庫である。ラファティの作品群にはこの影響が強いと言われており、"せまい谷"などはその典型例と思われる。本家"Tall Tale"については、B. C. Cloughの"The American Imagination at Work: Tall Tales and Folk Tales"(アメリカの奇妙な話1巨人ポール・バニヤン:ちくま文庫)が好著。
Cub Legend:熊の子供の伝承
 熊が生まれたての仔熊を舐めてその形をつくる、という伝承はかなり人口に膾炙されているようだ。"lick"という単語は舐めるという意味だが、"lick into shape"という慣用句があり、リーダース第二版によればこの伝承から転じて一人前に仕上げる、ものにする、目鼻をつける、といった意味である。また、"unlicked"という単語もあり、親に舐めて乾かしてもらっていないというところから、形の整っていない、ぶかっこうな、洗練されていない、粗野な、を意味し、"an unlicked cub"すなわちぶかっこうな仔熊は"無作法な若者"を意味する慣用句である。この言い回しは"The Elliptical Grave"にも登場する。また、上記の"巨人ポール・バニヤン:ちくま文庫"によれば、1669年に出版されたトーマス・ヴォーンの博物誌"Brief Natural History"には、産まれたばかりの熊の仔には形というものがないので、血あるいは肉の塊としか見えず、母熊がそれを舐めて熊の形にする、といった記載があるとのこと。 (とどろき平

その他、もろもろ

Cabrito:カブリート
 ポルトガル語で仔山羊のこと。本作では、仔山羊のバーベキューを供するメキシコ(もしくは中南米)料理店を舞台としているものと考えられる。メキシコはモンテレイでは、乳飲み仔山羊を開いて丸焼きにした料理が名物らしい。(Cabrito



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