自己再生産システム(機械生物)
ジョン・スラデックの処女長編のプロローグを
かの運命の年、196X年に戻ったとしよう。そしてまた、総ての中心となった宿命の交わる地、ユタ州ミルフォードを通りかかったとしよう。人口は朽ちかけて鳥の糞がこびりついた看板が教えてくれる。「3810人だけど、増えてるところだよ! ここは故郷、シェリー・ベ...」
シェリーなんたらの故郷だって。ミルフォードはだいたいネヴァダ州ラスヴェガスとコロラド山脈の奥深くに潜む北米防空軍(NORAD)の中間あたりに位置する。ミルフォードって、名前負けした土地だね。砂漠のこのあたりを流れる河はなく、水車小屋(ミル)もなく、そもそも水車で挽く穀物がなかった。おそらくは皮肉か、もしくは願望をこめて命名されたんだろう。ほかの砂漠の町の発見者たちだって、やっぱり素敵な名前をつけてきたんだから。(共感する魔法でもって)素敵な現実が後からついてくるようにってね。
ミルフォードは素敵な町じゃない。くたびれて、ゆがんじゃった町だ。エデン・エーカーやグリーンヴィル、パラダイスなんかと違うところはほとんどない。食料品屋が紅白の市松模様に飾られているのも同じだ。大通りに沿って、見慣れた字面がちらほらしてる。「お食事処」「ご休憩所」「マーヴのガソリンスタンド、お食事もあります」「お泊まりとご休憩」
あなたがたまたま通りかかった旅行者としよう。例えば、NORADの空軍将校で、離婚の手続きのため旅行中だ。たぶん、視界に入ってくるコカコーラの瓶詰め工場やらなにやらよりも、車の距離計の方に気がいってるだろうね。丸まった隅にガラスブロックの窓をはめ込んだ、つやがけした煉瓦建ての不格好な工場なんか、見落としてしまう公算大だ。「ウォンプラー玩具会社:製作してるのは...」
古びた看板は過ぎ去って、あなたの脳裏には残らない。あなたの気をひく看板は「スピード落とせ」くらいなもんだ。あ、今ひとつあったね。おや、もうひとつ。「あなたはユタ州ミルフォードを去るところ。ここは故郷、シェリー・ベルのだよっ。急いで戻れ!」あなたはアクセルをぐっと踏み込む。エンジンの咆吼はこんな疑問形。
いったいぜんたい、シェリー・ベルって誰だ?
あなたはミルフォードが気にくわない。はっきりしない記憶にもいらついてる。ひとりよがりの看板だらけの、ちっぽけで冴えない砂漠の町なんて、うんざりだ。「世界一でっかい小都市!」とかね。暑いし、退屈だし、疲れてる。制限速度をちょっぴり超えて、車をとばす。まさに世界の歴史が創られつつある土地から、さっさと逃げ去ってしまうところ...。