シンドバッド13回目の航海(Sindbad: The Thirteenth Voyage)


Broken Mirrors Press, 1989



「宇宙舟歌」ではオデッセイアを下敷きに縦横無尽のほら話を展開させたラファティだが、本編ではアラビアン・ナイトの世界を舞台にラファティ節が炸裂する。主な舞台はアラビアン・ナイトの時代のバグダッド。船乗りシンドバッドの正体はケンタウロン・ミクロンのスパイで、現代のシカゴから拉致されてきたのは語り部のシェヘラザードだ。おなじみのカミロイやアストローブから派遣されたスパイたち、終始悪ふざけを繰り返す七つの命を持った先代のカリフ・ハールーン・アッラシード、巨大化して皆既日蝕をおこすロック鳥、変幻自在のイフリートをはじめとする魔物たち、「どこでも航時機」で現代のシカゴから潜入した偽シンドバッドとその機械妻、地球の中心部に封じ込められた悪魔たちと門番のドラゴンたち。カリフの後継者争いの背後にある悪魔どもの陰謀を阻止せんとするシンドバッドと仲間たちに、賑やかなラファティ・キャラが絡んで織りなすのは、豪華絢爛なアラビアン・ナイトの一大絵巻。


 物語は、例によって登場人物たちの自己紹介(あまり紹介になっていないが)ではじまる。みんなが「わたしの主な任務は失敗に終わり、究極の邪悪なるものを地球とその他の居住惑星すべてに解き放ってしまった云々」で語りはじめる。そう、これはカミロイ、ダハエ、アストローブなどおなじみの居住惑星シリーズに属する長編(て言うか、長めの中編かな。全158ページ)だ。伝説のカリフたるハールーン・アッラシード (アラビアンナイトの主人公のひとりですね)の跡を継いだ息子のカリフ・マームーン。中世アラビア時代のボトル(中には何かいきものが封じ込められている)コレクターで知られるシェヘラザード。地球では船乗りシンドバッドとして知られるケンタウロン・ミクロンのエシンドバッド・カパーボトム。そして、シンドバッドの座をエシンドバッドから乗っ取ったらしいシカゴの高校生ジョン・スカラッティ・サンダースン。
 ほかの作品ではあまり語られることのなかったケンタウロン・ミクロンだが、ひとことで言えば、快適な世界”World of the Amenities”だ。石の耳をもとろけさす、歌う鳥や魚や人びと。ケンタウロンの芳香に満ちた大気は瓶詰めにして輸出されている。ケンタウロンを訪れた画家は、その素晴らしき景色をどうしても画布に写しとることができず、ヒステリーをおこして筆をへし折る始末だ。ケンタウロンの羊歯や葉っぱや蕾はとびっきりの抗鬱剤としてあちこちの惑星で重宝がられているが、これは決して麻薬的な作用があるわけじゃない。ほかにも、頭のよくなる薬や、記憶増進剤も特産品だ。ともかくも、ケンタウロンは快適な世界なのだが、今日はいつもと違った。とびきりの中でもとびきりの快適な一日。ケンタウロンでは千日に一日、そんな日が訪れる。いや、今日の快適さはそれどころじゃない。ケンタウロンの気高く美しき人びとのひとりが言った。ハールーンが再生したぞ。再び、灯がともったんだ!  ハールーンは死の床で言い残していた。もし、わたしが再び生まれ変わることがあれば、ある言葉を最初に喋ると。その言葉は、「バグダッド」 それは所在が定かでなく、旅人たちの噂にたびたびのぼる蜃気楼の都市であり、またケンタウロンの古語では「魔法でつくられた最後の都市」を意味する言葉。そして、エシンドバッドは再生したハールーンを連れ帰るため、妻のタンブルホームとともに地球へと旅立った。これが、シンドバッド13回目の航海、そして最後の航海である。
 地球に到着したエシンバッドとタンブルホームは、からんでくるイフリートたちをあしらいつつ、中空に浮かぶ幻の都バグダッドに辿り着く。このあたりの描写はWhere Have You Been, Sandaliotis? のサンダリーオティスと似た感じだ。やがて、エシンバッドや、アストローブ、カミロイ等からやってきたスパイたちは囚われの身となり、絞首刑の危機にさらされるも、口先八丁でうまくかわしていく。一方、「分析幾何学」(なんのことやら)の手法を駆使して「どこでも航時機」を発明した現代シカゴの高校生ジョン・サンダースンは、アラビアン・ナイトの時代のバグダッドに潜入し、エシンバッドから真のシンドバッドの人生をかすめ取る。ジョンが奴隷市場で一番の美女を競り勝って妻とするも(クレプシス年代記にも同じシチュエーションがありましたね)、実は魂を封じ込められた自動人形で、バグダッドで最近流行のパーティグッズだったとか、いまだ箱船に棲むミイラ化したノアの祖父が一年に一文字の超スローペースで「世界の秘密」を著している話(これは高橋源一郎の『文学王』で紹介されていました)とか、相変わらず奇天烈な挿話が満載だ。
 父ハールーン・アッラシードの跡を継いでカリフとなったアル・アミンの命を受け、エシンバッドは地球の中心に封じ込められている悪魔たちの脱出を阻止しようと愛機で地底に向かう。ところが、タンブルホームは何か違和感を感じていた。実はかれらが乗り込んだのは、エシンバッドの愛機そっくりに化けたイフリートだったのだ。魔物どもに拘束され拷問にかけられるエシンバッドとタンブルホーム。やがて、地底にはシェヘラザードや偽シンドバッドのジョンと機械妻のブルームーンたちも集結し、ボトルの魔術を駆使したシェヘラザードにより魔物どもは一網打尽となった。戦闘のさなか鋼の手枷足枷で拘束されて身動きのとれないエシンバッド。タンブルホームにあんたが本当のヒーローなら引きちぎって活躍しなさいよって言われ、よーしみていろ...やっぱり無理だよってところで、あんた情けないわねえ、じゃああたしがって鋼の手枷足枷を引きちぎって暴れ出すタンブルホーム。とまあ、エシンバッドはこんな感じで全編にわたって口のわりに情けないシチュエーションが多いのだが、これがラストで陥る悲惨な境遇の伏線になっているようだ。ともあれ、一行は悪魔を封じた鋼鉄の扉が無事なことを確認し、門番たる300匹のドラゴンたちを引き連れてアル・アミンのカリフ就任パレードに合流する。だけど、なんでこのドラゴンたちみんな、あんなにものすごく腹をふくらませているんだろう?
 カリフに就任して様々な改革を始めたアル・アミンだったが、即日に兄弟のマームーンとカリフの座をかけて対決することとなった。邪悪な力を身につけて、何度倒されても復活するマームーン。やがて訪れた皆既日蝕による暗黒のなかで、勝利したのはマームーンだった。そして、慌ただしいカリフ交代劇の裏では悪魔たちの陰謀が進行していた。実は悪魔たちは鋼鉄の扉の腐食した隙間から忍び出てドラゴンたちの腹中に潜み、いまやいっせいに世界へと解き放たれたのだ。さらに、アストローブ、カミロイのような別世界からやってきていたスパイたちの宇宙船を乗っ取って、いまやあらゆる居住世界へと拡がっていこうとしていた。ここで、冒頭の登場人物たちの科白「わたしの主な任務は失敗に終わり、究極の邪悪なるものを地球とその他の居住惑星すべてに解き放ってしまった云々」の意味が判明する。
 まあ、それはそれとして(笑)、シェヘラザードは新たなカリフたるマームーンをボトルの魔術でひっかけて(マームーンには少しイフリートの血が混じっているのだ)、結婚の契約を交わす。ジョンと機械妻のブルームーンは現代のシカゴに戻って楽しくやっているようだ。そして、エシンバッドは...愛妻タンブルホームの罠にかかって悲惨な境遇に陥る(エシンバッドにも少しイフリートの血が混じっているのだって書いたらおわかりかな)。まあ、自業自得でしょう。






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