第四の館(Fourth Mansions)
An Ace Science Fiction Special 24590, 1969
I I Think I Will Dismember the World with my Hands
II Either Awful Dead or Awful Old
III If They Can Kill You, I Can Kill You Worse
IV Liar on the Mountain
V Helical Passion and Saintly Sexpot
VI Revenge of Strength Unused
VII Of Elegant Dogs and Returned Men
VIII The Line of Your Throat, the Mercurial Movement
IX But I Eat Them Up, Federico, I Eat Them Up
X Are You Not of Flimsy Flesh To Be So Afraid?
XI "I Did Not Call You," said the Lord
XII Fourth Mansions
XIII And All Tall Monsters Stand
Review
第一章:俺の手で世界を引き裂いてやろう
まず登場するのは目端がきくけど単純で無垢な青年記者のフレディ・フォーリィ。政治家のカーモディ・オーバーラークが五世紀も前の人物カービンモッドと生き写しという事実に気付いた彼は調査を始めた。果たしてカーモディは500年を生きのびたカービンモッドその人なのか、はたまたその生まれ変わりなのか?取材を続けるうちにフレディは何度も命を狙われる羽目となる。
お次に登場するのは"収穫者たち"と称する七人の男女----三組の夫婦とひとりの娘。ジェイムズとレティシアのバウアー夫妻、アラウトとウイングのマニオン夫妻、ホンドゥとサルジィのシルベリオ夫妻、そして19歳で赤毛のベデリア(ビディ)・ベンチャー(彼女はフレディのガールフレンドだ)。三組の夫婦は湖に面する山腹に建てられた三軒の邸宅に住んでいる。彼らは夕刻になるとバウアー夫妻の館"モラーダ"に集まって、世界を揺さぶるbrain-weaving(思考の網)に興じていた。生物学者のジェイムズが考案したbrain-weavingは危険で強力な遊戯であり、世界のバランスはbrain-weavingを構成する七人に委ねられる。即ち、brain-weavingによる精神波の投影により彼らは人々の思考と行動を支配できるのだ。実は、フレディがカーモディの秘密を探るのに必死になっているのも彼らの意図によるものだった。フレディのように知らないうちに彼らに自在に操られている世界中の人々はいわば穀物であり、彼らが収穫者となるのだ。
カーモディはあたかも肉体を持たない存在のごとくbrain-weavingを易々とはねつける人物で、ホンドゥは彼に危険性を感じ取っていた。カーモディにけしかけたフレディがいまひとつ役に立たないので、彼らは知識人ミカエル・ファウンテンを次なるbrain-weavingのターゲットに選んだ。しかしミカエルは彼らが注ぎ込む精神波をすり抜けて、代わりにパワーを注ぎ込まれたのは別の若者だった。そして、かの若者はミゲール・フェンテスと化して世界をも引き裂く力を得たのだった。
第二章:とんでもなく死んじゃってるか、もしくはものすごく老いぼれてるか
さて、その夜ビディはフレディのもとを訪れた。ビディはフレディに話しかける度に、フクロウの小ちゃな左眼さん、とか小ちゃな蛙の足ちゃんとか、あたしのハツカネズミの耳さん、とか呼びかける。フレディはカーモディとカービンモッドの相似性の謎について語るが、ビディは500年もたってたらとんでもなく死んじゃってるか、もしくはものすごく老いぼれてるかよって言うのだった。それから、ビディは訪ねなきゃならない人がいるからって辞そうとするが、フレディもちょうど会いに行く人がいるからって一緒に出かけることとなった。なぜか二人とも同じ方向で同じアパートで同じ階でって、結局二人ともミカエルに用があったのだ。フレディはカーモディについて尋ね、彼が二年前から急に別人のようになって頭角を顕してきたことを知る。ビディはbrain-weavingがミカエルに及ぼした効果を確かめようとするが、ミカエルが精神波をすり抜けたことを説明しても納得しない。さらにミカエルは、"収穫者たち"が次の段階として自らをweavingにより進化させようとする企みを見抜き、危険性を警告するがビディは聞き入れない。
その帰り道、フレディは美術館の夜警をしている友人セリム(彼は短編Funnyfingersにも主人公オーレッドの恋人として登場する)を訪ね、古代エジプトのカル・ハ・モッドがカーモディとカービンモッドにそっくりなことを知った。遙かな時空を隔てたこの三人は果たしていかなる繋がりを持っているのか?謎は深まるばかりである。
第三章:やつらがお前を殺すってんなら、俺がもっと酷く殺してやる
ふとフレディはポケットの中に紙片を見つけた。とある住所に今すぐ独りでやってこいというメッセージだ。そこはフレディが少年時代に慣れ親しんだ地区だった。ひとりの男がフレディを遮って警告を与える。今から出会う相手からカーモディを探るのをやめろと強要されるだろうが、従ってはいけない。もし、やつらがお前を殺すってんなら、俺がもっと酷く殺してやる。こいつはどうも幼なじみのレオ・ジョー・ラーカーみたいだ。そして、待ち合わせの廃ビルの一室でフレディは三人の男からレオの言った通りのことを要求され、逆らったらお前を処分してそっくりの別人が成り代わるようにしてやると脅された。
ところで、brain-weavingはいまだフレディに影響を及ぼしており、時にミゲールへのメッセージが混信してきたりもする。また、収穫者たちも解っていなかったのだが、weavingは双方向性であり知らぬうちに彼らもまた影響を受けているのだった。
フレディは以前に取材を通じて知り合ったバーテグルー・バグレィに相談をもちかけた。上品で洗練されたミカエルに比して粗野で野卑な男だが、ミカエルの知らないことを知っているのだ。バーテグルーはカーモディら"再来者"たちを見分ける特徴である古風な耳の形について教えてくれた。さらに、歴史上幾度も再来する者たちは邪悪な存在であり、いわゆる生まれ変わりとしてではなく肉体を乗っ取ることにより再来を繰り返すのだという説を披露する。そして、この世界は普通の人々を取り巻いた四つの異なる動物に準えられるアーキタイプのせめぎあいによって成り立っていることを知らされた。それはニシキヘビ、ヒキガエル、アナグマ、未熟なハヤブサであり、バーテグルー自身はアナグマでフレディはもちろん普通の人間だ(フレディは単純だけど彼らを見分けられる眼を持っている)。収穫者たちはニシキヘビ(自らをインテリと称する預言を告げるヘビ)。再来者たちはヒキガエル(宝石を持ち、永い眠りから覚めてはまた現れる)。アナグマたちは我々とは別のレベルで世界を支配している(バーテグルーはタルサの守護者で、視界の隅にちらりとしか捉えられない犬猿の幻獣を使役する)。未熟なハヤブサは愚鈍だが時に刺激によって羽化し、悪くするとファシストになる。先日飛び立ったのがミゲールで、既に兵を集めて蜂起するところ(今や世界中でこうした動きが胎動している)。そして、帰りにもまたフレディは何者かに命を狙われる。
第四章:山のてっぺんにいる嘘つき
追っ手をかわしたフレディは勤め先の新聞社で夜を明かした。上司に蹴り起こされ、テキサスのビネガルーンで何かが起こったのを取材に行けと命じられたフレディは、weavingによってミゲールの蜂起を察した。だけど、行ってみたらもうもぬけの空で、少人数でのから騒ぎに終わっており、なんかメキシコ人のお祭りだったと思われてる始末。それから、フレディは世捨て人オクレアー、実はアナグマに属するペーコスの守護者と出会い、謎めいた山上の住処へと案内される。そこには外から視えない泉があって、蛇みたいな触手をもった不定形の怪物が住みついており、オクレアーはそいつが世に出て災厄をもたらさないよう見張っていると言うのだ。どこまでが本当か判らないオクレアーの語りに翻弄されるフレディだったが、何世紀も前に邪悪なヒキガエルたちが世界を新たなレベルへ高めようとする動きを封じるために黒死病ペストを大流行させたのだと教えられる。さらに、再来者カーモディが以前の姿で係わった事件について話題がふられた矢先に、追撃者たちの襲撃を察したオクレアーによって送り返されてしまう。
第五章:うずまく熱情、気高い艶美
一方、収穫者たちは再びモラーダに集い、新たなweavingを始めようとしていた。それは内なるweavingで自らを進化させるものであり、乱暴な外科処置による失血と血清の注入を伴っていた。レティシアは命を落としたが、完成したweavingの中で存在を保つ。そしてジェイムズは近隣を散歩していた娘を拉致し、新たなレティシアに仕立て上げた。そう、完成したweavingの中では必ずしも肉体を持たなくとも自らを保てるのだ。といった理由でアラウトをも殺そうとするジェイムズだったが、アラウトは慌てて姿をくらました。
フレディは取材の結果を上司に報告し、カーモディの写真を持ってミカエルを訪れた。weavingの影響でミカエルはレティシアの死を察したが、電話で(新たな)レティシアの無事を確認し当惑していた。二年以上前の写真と最近の写真を見比べてどちらもカーモディに違いないと言うミカエルは、同じ質問をある人物からもされたと告げるが誰かは教えてくれない。そして、カーモディの妻に会いに行けと提案する。確かにどうみても二者は同一人物なのだが、最近の写真はカービンモッドやカル・ハ・モッドにそっくりなのに、以前の写真はそうでないのだ。
ビディに会いにラウンジへ行ったフレディは意外な人物、オクレアーに遭う。彼はとり乱しており、泉から怪物、"世界喰い"が逃げ出してこの町にいると告げる。そして、ビディを解き放たれた怪物の触手と呼び、遅かったと悔やむのだった。フレディはビディからカーモディが最近ネズミを飼い始めたことと、バケツの水に頭を突っ込む習慣ができたことを教えられる。さらにビディは、三人の殺し屋がフレディに迫っており、町にも空港にも駅にも危険が待ち受けていることを警告した。
第六章:使われざる力の復讐
フレディはこっそりと貨物列車に乗り込んで町を脱出した。乗り合わせた医師ジャーゲンスの話では、戦争や疫病のような大きな厄災には必ず先触れがあり、近々また疫病が流行るだろうとのこと。
brain-weavingは次々と重要人物たちを操作して自殺に追い込んでいた。カンザス・シティでフレディはこの事実を上司から知らされ、weavingで察知した国境でのミゲール一味の流血沙汰を伝える。乗り換えた列車でフレディは青い眼をした発明家に知り合った。彼は人類を死から解放する新発明を成したため、既に死を超越した一部の集団に狙われていると語る。そしてフレディはワシントンへと向かうのだった。
その頃、オクレアーはバグレィと会っていた。オクレアーは解き放たれた怪物の脅威を懸念していたが、バグレィはその触手たる収穫者たちを、使役する幻獣で始末すべきかどうか迷っていた。一方、weavingの中心人物たるジェイムズは悪魔バウボのweavingへの参加を画策していた。
第七章:優雅な犬たちと、再来者たち
ワシントンでフレディは知り合いの女性記者メリーアンと会った。メリーアンはフレディがちょっとの間にずいぶん大人びたと吃驚する。ドイツ料理屋で著名人たちの自殺騒ぎのことやカーモディの妻オーリエルに会いに来たことなど話している矢先に、オーリエルの一行が入ってきて、次いでカーモディも加わった。(実はフレディはweavingにより察知していたのだ。)カーモディに話しかけたフレディは、バーテグルーから教えてもらった古風な耳の形を確認する。以前は全く印象に残らないような人物だったのに、今やカーモディは別人のごとくに印象深い人物に変貌していた。
メリーアンと別れて町を歩きまわるフレディは尾行者に気付き、捕らえてみれば列車で会った発明家カーライルだった。彼の言うには、フレディではなくフレディを尾けていた影のような人物を尾行していたとのこと。列車の中から、てっきり自分を狙っているものと思っていた怪しい人物がフレディの方を尾けはじめたので、不審に思って追いかけたのだと言う。しかし、フレディが電話をかけている隙にカーライルは刺殺されてしまった。フレディは骸からマニラ麻の封筒を抜き取った。
brain-weavingを通して、ビディの父リチャードが語りかけてきた。じっとしていろ、壁を越えて助け出してやる。でも、どこの壁を?そしてまた、ミゲールも語りかけてくる。いよいよ世界征服にむけて、人々を喰い物とする"優雅な犬たち"と呼ばれる一派と、再来者たちに対する宣戦布告だ。
第八章:あなたの喉もとの描線、水銀のごとき多彩な動きよ
マニラ麻の封筒にはカーライルの発明"脱力機"の設計図が入っており、サイエンス・ライター歴もあるフレディはその概要を理解できた。それは不完全ながら、人間の内在する力を賦活するよう意図されたものだったのだ。
フレディはジャーナリストのハリィ・ハードクロウを訪ねた。ハリィによると、この世界は二年前までは未曾有の発展と希望に満ちた黄金時代へと到達しようとしていたのだが、その後も進歩は続いているものの何かおかしな不協和音が混じってきているとのこと。そして、輝かしき"新たな"人々の登場が希望なのだ。そのひとりとして挙げられた名前がカーライルだった。ハリィは殺された筈の彼にたった今会ってきたと言う。そう、何者かが入れ替わったのだ。
ジェイムズとリチャードはまさに対決しようとしていた。リチャードはbrain-weavingを打破しようと考えていたのだが、ホンドゥはリチャードにジェイムズを倒して代わりにweavingに参入するようけしかけており、娘のビディはアラウトの代わりに入れと勧める。weavingの中で他の収穫者たちの影響を受け、リチャードは混乱していた。
フレディはオーリエルを訪ね、二年前と比してカーモディに変化がないか尋ねたがはぐらかされ、誘惑される。フレディはオーリエルにも古風な耳の形をみとり、彼女もまた再来者だと判った。昨晩カーライルと入れ替わったのも旧い友人の再来者だと言う。彼らは擬態を用いて入れ替わるのだ。
第九章:しかし俺は奴らを食い尽くすんだよ、フェデリコ、食い尽くすんだ
フレディは著名な精神分析医を受診した。正気の証明をしてもらうのだ。しかし、面談するにつれ医師はフレディの正気に疑問を投げかけてくる。医師によれば正気というのは世界とうまくやっていく術を心得ることである-----例え世界が少し狂っていてさえも。やがて、医師にもまた古風な耳の形をみてとったフレディは脱出し、街中で愕然とする。街を行き交う人々がみんな古風な耳の形をしているのだ!結局のところそれは幻想だったのだが、フレディはビディに連絡をとって助けを請うた。おそらくは今日中には囚われの身となるだろうから、リチャードと救出に来てくれるように。
その頃、ミゲール一党は米軍とメキシコ軍に包囲されていた。だが、包囲網が狭められた時、ミゲール達は魔法のように消え失せた。守護者たるアナグマたちが熟知する地底のトンネルに逃げ込んだのだ。ミゲールはweavingでフレディに語りかけてきた。彼の解き放った仲間たちが近々世界中で蜂起するだろうと。また、フレディもまた地下に潜ることになるだろうと予言した。しかし、捕らえられて。
第十章:あんたはそんなに恐れなきゃなんないほど、もろい肉体って訳なの?
いよいよフレディはカーモディのもとへと訪れた。再来者としての正体を顕し、世界を統べる者として威圧的に語るカーモディ。彼らからすれば人類は蟻や蜜蜂にも劣る存在なのだ。理想世界を達成するためには人類の大部分を排除せねばならず、その方法は疫病と集団狂気である。次いでカーモディは秘密の一端を見せる。バケツに頭を突っ込む習慣について尋ねたフレディが見たのは、海水を満たした水槽に十五分以上も頭を浸しリフレッシュしたカーモディだった。彼は太古の時代に深海で生まれたのだ。ちなみにネズミは疫病媒介の手段であり、またカーモディのおやつ(生きたまま飲み込む)だった。
再来者たちは繁殖せず人類から少しずつ仲間を補充しており、フレディを仲間に誘い込もうとしていた。そして、フレディはカーモディのしもべたちに拉致されてしまった。
第十一章:「あなたを呼んではいない」と主は宣われた。
フレディが連れ込まれた建物の中には知的だけどちょっとピントのずれた人々がいた。フレディみたいに再来者たちが世界に陰謀を企んでるって信じてる人たちもいる。どうも精神病院みたいだ。驚いたことにレオ・ジョーもいる。フレディは自分の正気が怪しくなってきた。レオは少年時代はメキシコ人かジプシーかだった筈なのに、今は黒人だ。彼は本当に幼なじみのレオなのか?また、ボルチモアとワシントンの守護者たるクロルもそこにいた。
彼らがweavingを通して視たジェイムズは急に極度の高所恐怖症に取り憑かれており、アラウトは死への恐怖に囚われていた。そして、彼らは二匹の蛇と化してweavingの中で死闘を繰り広げる。
weavingを通してフレディたちはミカエルがデクタホンに吹き込んでいる講演にアクセスした。weavingを介し彼らの質問に呼応しつつ講演を纏めていくミカエル。人類が動物から真の人間になるために頑迷さやプライドを捨てる必要性を説き、今ある小さな世界の充足をもって満足を知るべきと語る。象徴化された四つの動物たちの意味を話し、彼らは現実ではないと結論する。アナグマのクロルは不満気に自分の存在を訴えるがミカエルは意に介さない。しかし、weavingに闖入したミゲールの一喝によりミカエルは我を失ってしまった。
第十二章:第四の館
翌朝、ビディとリチャードはフレディを探しにやってきたが、みつけられなかった。フレディはジュリアス・スミスの名前で入院していたのだ。医者の話では記憶障害で発見された彼の本名だというのだが。医者との問答を通してフレディの正気は怪しくなってくる。医者は様々な集団幻想の例を挙げ、再来者の陰謀もそのひとつと語った。そして、今や別なる集団幻想----外宇宙からやってきた見えざる蜘蛛の巣みたいな浮遊物に乗って媒介される新たな疫病の蔓延----が流行っているとのこと。ところが、外の世界では本当に疫病が拡がりつつあったのだ。それと、集団狂気が。
建物を囲むフェンス越しにアイスクリーム売りがやってきたが、実はレオの変装だった。レオはフレディにアイスクリームに仕込んだメッセージを渡した。次いで、やっとフレディの居場所をつきとめたビディとリチャードの親娘が面会に訪れた。ビディは眼球に奇妙なペインティングをしている。weavingから視覚を得られるビディにもはや眼球は必要でないのだ。フレディは正気を訴え解放を求めるが、彼らはフレディをあたかも哀れな狂人のように扱う。少なくとも、表向きは。
レオのメッセージには疫病と狂気による変革の始まりを告げており、脱出して闘いに加わるよう要請していた。レオは一度再来者の仲間となって、情報を集めた後に反旗を翻したのだ。フレディと仲間達----異星人と称するローラス、守護者のクロル、アイルランド人オ・マーラ、暗殺者のボーンフェイスはその夜にフェンスを乗り越えて脱出した。街中には混乱と闘争が満ちあふれ、疫病と狂気とデマが乱れ飛んでいた。彼らは行動を開始した。まずは奴らの仲間ミルハウス医師をボーンフェイスが始末したのだった。
第十三章:そして総ての大きな怪物たちは立ち上がった
レオの指示により、再来者たちの暗殺が始まった。リストには著名な人物がずらりと並んでいる。フレディはまずひとりをナイフで片づけた。ミゲールはweavingを通して無駄だよ、茶番に過ぎないぜと語りかけてくるが、かまわず行動を続けるフレディ。しかし、次の獲物のトゥイッツェルは既に死んでいた。念のためフレディはナイフを刺したが凍りついたようにほとんど出血しない。フレディは再来者たちの演ずる偽死だと気付きとどめをさしたのだった。他の再来者たちはいちはやく姿をくらました。どこかで安全な偽死による冬眠にはいったか、他の誰かに姿を変えたようだ。いまや街の灯は消え失せ、更なる混乱と喧噪が訪れた、次いで火災がまきおこっていた。そして、松明の明かりの下では預言者たちが説教を始めるのだった。
夜が明けて喧噪も収まった。フレディたちはリチャードと出会う。彼もまた再来者たちの真実に気付き、闘っていたのだ。リチャードはカーモディは死んだよと告げたが、彼が水棲であることを知らずに、てっきり湖で溺れ死んだものと思っていた。カーモディはまんまと逃げ失せたのだ。一方、再来者のミス・コーラを始末したビディはいつものようにフレディに語りかけてきた。行きましょうよ、小ちゃなプードルの歯ちゃん。でも、何か変だ。weavingからもビディは消え失せている。
クロルはアナグマを代表してフレディに帝位を授けた。weavingはいまやホンドゥにより破られ、ジェイムズとアラウト、悪魔バウボは引き離された。レティシアに仕立てられた娘は催眠から解放され、死したビディが参入してきた。そう、今フレディの横にいるビディはミス・コーラが成り代わっていた。本当のビディの身体は街中の側溝に転がっているのだ。リチャードもたった今ミス・コーラの父たる再来者に乗っ取られたと言う。そして、影武者を使い逃げおおせていたミルハウス医師が現れ、フレディの中に再来者を送り込んだ。一方、ホンドゥたちが構成した新たな強力なbrain-weavingはフレディをその中心に据えた。
単純で無垢な青年フレディの中にはいまや四つのアーキタイプが総て揃っていた。weavingを通した収穫者たちによるヘビの要素、フレディを乗っ取るべく送り込まれたヒキガエルの要素、帝位により授けられたアナグマの要素、ミゲールから受け継いだハヤブサの要素。未だかつてこれら総てを揃えた者はなく、フレディは収穫者たちが意図して果たせなかった真の進化を遂げたのだった。
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さて、以上が全13章にわたる粗筋である。読み返してみて愕然としたことに、自分で書いておいて言うのもなんだが、ここからはこの作品の魅力が全くといっていい程伝わってこないのだ。ラファティの長編の中で最も首尾一貫した作品ともいわれるだけあって、明瞭なプロットがある。冒頭に再来者たちの謎が提示され、収穫者たちに操られながらも探索を続ける主人公。やがて世界をめぐって四つの勢力が争っている現状が明らかとなってきて、主人公もまた闘争に参入しつつ最終的に総ての力を統合した真人ともいうべき存在となる。筋立てだけみるとヴォクトみたいだけど、中身は全く違う。一見あるようにみえる善と悪との対立は、単純な二元論で割り切れるような解りやすいものではない。現実と幻想、正気と狂気が入籠細工のように互いに浸食と逆転を繰り返す展開に、同化と異化の過程を行き来する登場人物たち。きらびやかで華麗、しかしまた時に過剰な言語の横溢と逸脱する文脈。ところかまわず挿入される、論理的な(ただし何処か他の世界の)論説と、楽しげな言葉遊び。どこか螺子の外れたラファティ・キャラたち。思わぬところで効果を上げる伏線の数々と、全く何のためにあるのか解らないさらにたくさんの伏線もどきたち。他の作品群と行き来するキャラやアイテムの数々(主人公の友人で美術館で夜警として勤めるシリア人のセリム・エリア青年は短編Funnyfingersの主人公オーレッドのボーイフレンド。彼との会話の中で、"Are the flaming ducks after you again?"なんてのがでてきたり。他にも、Space Chanteyでケントロン・コスモンに置かれた琥珀金の銘板に刻まれた"ここは宇宙のほんとの中心だよ"って言葉が刻まれたブロンズのディスクがさりげなく飾ってあったり、cabritoもでてきたり)。まあ、邦訳のある長編(テーマ性の強い"パストマスター"はともかく、ラファティ節の炸裂する"イースターワインに到着"と"悪魔は死んだ")を読まれた方はおわかりだろうが、本作も基本的にストーリーを追って楽しむべき作品ではないのだ。たまたま、追うことが可能なストーリーがあるにしても。
繰り返して言うが、この作品の読みどころ、本当に面白い部分は、僕が長々と書いてきた粗筋以外の部分、ストーリーを追うためにあえてこそげ落とした部分なのだ。ラファティは緻密に計算され(ただし何処か別の数学で)満遍なく配置されたディテイルに宿り、brain-weavingのごとく四方八方から騙りかけてくる。第四の館を脱出したその先に無事にこの世界に戻って来られるかどうかはあなた次第である。
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