黙示録(Apocalypses)
Pinnacle Books, 1977
Where Have You Been, Sandaliotis?
Chap. 1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8, 9, 10, 11
The Three Armageddons of Enniscorthy Sweeny
何処に行ってたんだい、サンダリーオティス?
主人公のコンスタンティン・キッシュは世界一の名探偵。インターポールから派遣されて地中海へとやってきた。極秘情報によるとモナコがそっくり盗まれようとしており、また直径300マイル!もの巨大な爆弾が世界を脅かそうとしているのだ。彼が親友の妻レジナ(いつものラファティ・キャラ・ヒロイン)とみたものは、サルデーニャからモナコの南方へと続く、蜃気楼が実在化したような幻の大陸サンダリーオティス(サンダルみたいな形をしているからだと)だった...。John Cluteによる"フォート派の世界を舞台とした夢のような作品"との短評の通り、荒唐無稽な設定や状況にあまり違和感なく順応してしまう登場人物たちの様子はあたかも夢の中にいるようだ。
第一章
インターポールの特命を帯びたキッシュは、ニース東のハイウェイをとばしていた。つい最近に何か暴力的な体験をしたようなんだけど、どうも記憶が混乱している。キッシュは思い立って親友であるサラディンとレジナのマーカブ夫妻の別荘に寄ることにした。「ムネアカヒワの翼に充ち満ちた夕べよ」とキッシュ。サラディンは「おお、マーカブ家の迷える羊よ、ここにあれ!」と迎え、レジナが「われらがあずまやへの来訪に幸あれ」と締めくくり、三人は抱き合って接吻しあう。キッシュは自分がどうしてこんな儀礼的な挨拶をごく自然にできるのか不可解である。いや、そもそもこの夫婦といつどこで知り合って親友となったのかも思い出せないのだ。サラディンはキッシュが乗ってきた新車に眼を止める。マルセイユで手に入れたサッサリ12だ。サルディニアのサッサリ産かとの問いに、いや、サンダリーオティスのサッサリ産と応えるキッシュ。でも、サンダリーオティスって何処?
マーカブ家には三人の先客があった。ひとりはジュリアン・モラヴィア。英国からはアメリア・ライラック。イスタンブールからはジョン・セフェリノだ。"危険"と"愛"と"死"を象徴するかのような三人組は、キッシュのよく知る"エージェント"たち。だが、ひとりはすでに死んでいた筈なんだが...。アメリアはいつもラヴェンダーの雲に包まれたようにはっきりと姿態を認識できないが、強烈な美の印象を与えるキャラだ。キッシュは彼らとともに夕食の席についた。前菜はマッシュルーム・キッシュだった。あなたの名前にちなんだのよってレジナ。でも、キッシュが今日訪れるってこと、なんでわかってたの?「もちろん、あなたが来るってことはわかってたわ」とレジナ。「神さまがこんなに素敵なお客を送って下さるのに、わたしたちに知らせないなんてことがあるわけないでしょ」煙にまかれるキッシュだった。さて、メイン・ディッシュは猪の丸焼きだ。サンダリーオティスの正式な作法では、手づかみで食する。マルメロ酢で手指についた脂を洗い、パンダヌスの葉で拭う。いや、これは不完全だ。正式な作法では、仔熊に手指の脂を舐めてもらうんだ、これが旧えの風習だよ、とセルフィノ。
名高き三人のエージェントたちが、どうしてマーカブ家に招かれたのかを訝るキッシュだったが、マーカブ夫妻は三人とも古くからの友人だと言い張った。ひとりは、キッシュ自らの手で二時間前に殺害した筈なのだが、それが誰なのかはキッシュ本人にもはっきりとしない。さて、食卓での話題はキッシュの任務についてとなった。それは窃盗だというキッシュに、みんなは納得しない。世界一の名探偵の任務が窃盗犯の検挙だって?そんなチンケな犯罪に係わるなんて考えられない。いったい、盗まれようとしてるのは何なの?「モナコ」とキッシュ。呆気にとられる一同。丸ごと、モナコ?
キッシュはワインに一服盛られる。朦朧としながらも屋敷を脱出し、けもの道を辿って安全な岩屋に身を隠したキッシュは、牝イルカに注射をひと刺しされる夢をみた。
第二章
翌朝早く、キッシュとレジナは海辺へと出かけた。おおっ、モナコの南方に連なる明るい緑色した巨大な雲塊は何?でっかい蜃気楼よってレジナ。やがて、上空から降りてきたラヴェンダーの雲と合体し、具現化する幻の大陸サンダリーオティス。ふたりはサッサリ12で乗り入れる。いつの間にか、無数の遊覧船や車で大勢の人びとが呼び寄せられていた。
いったい、どこからモナコが盗まれるなんて情報が入ってきたの?ってレジナ。それに、なんでインターポールが動かなきゃならないわけ?捕らえたエージェントの拷問でね、とキッシュ。実は、直径300マイルもの巨大な爆弾が世界を脅かそうとしているらしいんだ。
キッシュは公衆電話をみつけ、本部に連絡をいれた。インターポール魔術局のグリスウェル上司によれば、上空千マイルに浮かぶ直径300マイルの物体が観測されているとのこと。しかし、キッシュがいま居る新大陸はせいぜい100メートルの高度だ。だが、機器の誤り、もしくはキッシュがまやかされている可能性もある。巨大爆弾が新大陸に偽装されているかもと危ぶむグリスウェルは、どこかで時限装置がカチカチ鳴っていないか調べるよう指示し、パラシュートを買うように薦めた。
ここサンダリーオティスは何でもありの世界。レジナは一方的にサラディンとの結婚を解消し、キッシュに結婚しようって迫る。って言うか、1〜3時間のローテーションで結婚しまくって、サラディンが気付かないうちに復縁しておくんだって。その手始めがキャッシュってこと。仕事中だからって尻込みするキャッシュに、いいわよ、通りのむこうで返事待ちの若い子がいるんだからって去るレジナ。
図書館を訪れサンダリーオティスの歴史を調べてるキッシュの頸に、いきなりナプキンがまかれた。「わ、何だ何だ?」「ナプキン。あなたのお国じゃ使わないのかしら?」可愛い娘が答える。「図書館で朝食をとる時は、ちゃんとまかなきゃいけないのよ。特製がいい、それとも本日のお勧めの方?」朝食の世話にマッサージにキスのおまけつき。サービスのいい図書館だ。娘によれば、今日はたくさんの人々が土地を買いに押し掛けてきているらしい。ところで、図書館でみつけたサンダリーオティスの地図は従来のサルディーニャやコルシカまでも含んでいる。キッシュは様子見にサルディーニャの山にある行きつけの宿屋に行ってみることにした。
第三章
街中で、けっこうな頻度で知り合いに出っくわすキッシュ。これはサンダリーオティスの特性であり、また夢の中での出来事みたいだ。まずは、レジナ。もう別の夫を連れている。土地を買いに来た不動産仲買人だ。今朝はすでに150万人もの仲買人がこの地を訪れ、まだまだやってくるらしい。応対するラヴェンダーの腕章をしたサンダリーオティスの人びとの中には、図書館のサーヴィス嬢もいた。みんな、掛け持ちしたがるんだなあって、キッシュ。さて、お次に出会ったのは裁判官のローブを纏い従者たちを引き連れたジュリアン・モラヴィアだ。いきなり、こいつを捕らえよ!ってモラヴィア。悪い冗談だろって思いながらも、そう簡単に捕まるキッシュじゃない。伊達に世界一の探偵を張ってるわけじゃなく、朝の図書館でこの都市Civita do Nordの地図は隅々まで頭の中にたたき込んでいたのだ。(サーヴィス嬢によれば、地図は完璧に正確だけど現実の都市はまだ未完成かもって、謎めいた言葉)そして、何かつくりものめいた追走劇の果てに、キッシュは飛行場に辿り着き飛行機に飛び乗るのだった。
機上からの眺めは豊かに輝く緑の田園風景。しかし、農薬散布業の経験をもつキッシュにも、いったいどんな穀物なのか見当もつかない。スチュワーデスに尋ねると、あら、あそこは穀倉地じゃないわよ、ただの販売用地。でも、サンダリーオティスの役人っぽい男が訂正するには、あの娘はかついでるんだよ。ほんとうはローソク草だ。新種の作物で、人も家畜も養えるやつだよ、だって。
空港で目的地たる宿屋の主人グリマルディの息子と出会ったキッシュは、ラバに跨り宿屋に到着。サンダリーオティスとの重ね合わせにも係わらず、サルディーニャのこのあたりは人も景色もあんまり変化がないみたい...って、あれっ、窓からみえる浜辺の向こうに海はなく、緑の大地がどこまでも。実は、老グリマルディによれば、月に1-2日はこんな日があったんだけど、気配を察すると雨乞いで雨を降らせ視界を悪くして誤魔化していたとのこと。だけど、今回のはずっと続くらしい。
老グリマルディが語るには、この地には方々から邪悪な亡霊たちが群れ集まってきているらしい。また、奈落の底から悪霊たちがほんの短い間だけリフレッシュしに緑の丘に開放される習わしがあったのだと。なんか、サンダリーオティスが具現化した地獄そのものだって言ってるみたいな感じである。キッシュの爆弾についての問いには、それは犬めいた爆弾(吠えるだけで噛まないやつ、すなわち音と閃光だけで炸裂しないまやかしの爆弾)で、実のところは悪魔ハジエルのサンダルだよって返事。それを取り返そうってしてるから、この地にいろんなトラブルが生じているんだって。この爆弾=サンダル=空の(犬めいた)浮島は、学者が言うところの"反物質"、大衆が言うところの"邪悪"ってやつ。こいつは"善なる"物質で構成される地球と接触すると、相互作用で大爆発を起こすのだ。サンダリーオティスと爆弾との関係は、「海からイルカがさえずりかけると、空から犬が応える」んだって。
キッシュはグリマルディの息子の自家用機でサレルノに向かう。マスター・フォージャ(偽造名人って名前)に会うために。出発前に本部へ電話を入れて確認したところ、爆弾は惑星ハジエル(コードネーム)からきた反物質らしい。上司グリスウェルは、サンダリーオティスを逃がすなよって命じた。イタリアくらいある半島を捕まえておけだって...わかった、頑張ってみるよって答えるキッシュだった。
第四章
キッシュを送り届けたグリマルディの息子は、パラシュートを身につけておけよって妙なアドバイスをして去る。マスター・フォージャことアンジェロ・ディシャーン宅に到着したのは正午の十五分前。でっかいマレットを握った使用人がキッシュを阻む。ここの主人は決して正午前には起きないのだ。いますぐ起こせって押し問答の末に、マレットでぶん殴られるキッシュ。さて、ここではありとあらゆる偽物が創られている。音楽、絵画、彫刻は言うまでもなく、蜃気楼や大量の生魚、地位や人格までも。十分な場所があれば、例え世界でも創れるんだって。正午きっかりに登場したアンジェロは、なんか無気味なことを言う。キッシュ、ここのとこ何か変な感じがするだろう。お前は世界一の探偵コンスタンティン・キッシュの偽物で、たぶん私が創ったものだよ。ともあれ、キッシュはアンジェロに助力を要請する。キッシュはサンダリーオティスが巨大な偽物の国じゃないかって踏んでいた。その見極めをアンジェロに頼んだのだ。
アンジェロの調査では、すでに古代から現代までの様々な文献や伝承、音楽や芸術の意匠、童歌や謎かけの文句にまでサンダリーオティスが浸透していた。一方、新着の雑誌に載った写真に映るサンダリーオティスの高層ビル群には紛れもないイタリア芸術が刻まれている。キッシュとアンジェロは実地調査に向かった。空港で首都イクヌーサ行きのチケットを買う。サンダリーオティスは今朝出現した筈なんだが、これまでのイクヌーサ定期便の記録がちゃんと残っているってのも怪しい事実だ。飛行機からみえるサンダリーオティス上空の雲海は、何かを覆い隠しているようだった。イクヌーサに到着し、昂奮するアンジェロ。素晴らしい、これを創ったのが私じゃないなんてっ。美術館に調査に向かうアンジェロは、キッシュとの別れ際に錠剤を渡す。強力な解毒剤だよ、いざという時まで舌下して忘れておくこと。午後一時のことだ。
美術館から東方へ下る広大なイタリア風階段は極彩色に彩られ、一万人もの美しい人びとが、歩いたり、ベンチに腰掛けている。北側は巨大なバシリカ。階段を下った底には九十九の噴水池があり、東方には円形闘技場。その中の緑なす安全島にそびえ立つタルシシの塔には十三面の時計が。塔のふもとに立つ者は、世界中の人びとが通り過ぎるのを視るという。また別の言い伝えでは、眼を閉じて十三まで数えると、素敵な異性にキスされるんだって。
第五章
というわけで、眼を閉じて十三まで数えるキッシュ。ああっ、キスされたんだけど、同時にチクリと注射も。正体はアメリア・ライラックだ。あら、ほんの媚薬よってアメリア。でも、身体は麻痺してくるし、意思も何だか従順になってきた。ふらふらとアメリアに付いていくキッシュだったが、実はアンジェロの舌下薬が効いていて半ばみせかけだ。Civita do Nordに放置したサッサリ12を気に懸けるキッシュに、アメリアが答える。あたしより車を愛してるなんて、何だか妬けるわねえ。サッサリ12にはアメリア達がブービートラップを仕掛けていたんだけど、子供たちが触ったり乗り込もうとしたりする度に爆死するから、一時間毎に仕掛け直さなきゃならないんだって。生き延びたかったら、世界一の名探偵キッシュの名を譲り渡して、名も無き別人と入れ替わりなさいってアメリア。そして、キッシュは"テルトゥリアヌスの迷路"という建物に誘われる。入り口には「我々が現実を創造する」「あなたたちが住むこの世界は、ちょうど我々が創ってる真っ最中」などなど、気を惹く看板が。
キッシュが今朝記憶したサンダリーオティスの地図では、東西に走行する八つの大きな運河があった。これらは従来の航路にぴったり一致しており、スペインやフランスと、イタリアやギリシャを行き来する船にはこの大陸の存在が全く不都合ないのだった。そして、赤字で印された負の隆起と黒字で印された正の隆起。なんだか怪しげだ。
キッシュは屈強な男達の手で、尋問官の前に引き出された。目隠しをした聾唖らしき尋問官は機械の声でキッシュに有罪を宣告し、拷問死か自白するかを迫る。直ちに自白するよってキッシュに、驚愕する尋問官。しかし、キッシュの自白は、"わし、なーんもわからんけんね"って内容だった。当然ながら、拷問部屋に送られるキッシュ。そこは十三角形で各々の壁に大時計があり、その下に磔となった捕虜たちの頸に結わえられた輪縄は時計の長針に繋がれ、じわじわと締め付けるのだ。さらに床に溢れて爪先を囓る機械の鼠たち。午後一時を少し過ぎたところだ。キッシュの観察では、他の捕虜たちは気がおかしくなっていた。午後二時は邪悪な時間だと語る男がいる。普通の国では悪者を吊す時刻だが、このいかれた国では無実の者が吊されるのだと。別な男の言うには、この国の指導者達は、汚れた部分を鼠に押し込んで、自分たちは気高くいられるって。(男は激昂した鼠たちに足を囓られた) さらに別な男が言うには、ふたつの選択しかない。空の爆弾に従うか、あるいは全滅かだ。キッシュは気付く。みんな、各自に設えられたプロンプター装置のパネルを読み上げているのだ。「偽物だ」ってキッシュの心の警鐘が語る。でも、一時半を過ぎて頸の縄はきつく締め付けてくる。これが偽物だとしたら、効果有り過ぎだ。順々にプロンプター装置に従って語る捕虜達。だが、キッシュは抗った。そして、最後の瞬間がやってきた...。
(つづく)