短編作品紹介
The Bone Flute
あたしは辺境の惑星を訪れては民芸品の買い付けをするバイヤー稼業だ。今回の目的地は惑星ヘイビル、ここの住人は生涯ひとりの相手に愛を貫くといわれている。途中たまたま立ち寄ったバーでひっかけたアマチュア・アーチストのベンとふたり、ヘイビルに到着した。ぱっとしない田舎の星。しかし、郊外の村落には何かがありそうだった。あたしたちは、幽玄な笛の調べに車を停めた。頸すじの毛が逆立つような感覚。思わず流れ出す涙。それは骨で造られたフルート。それは二年前に亡くなったレニの妻の骨。永遠の愛を捧げられた楽器のみが奏でられる調べなのだ。
ヘイビルへの往路、船室であれほど睦み合ったあたしたちだったが、ベンはレニの弟子ワーラに心変わりする。こんな男だってことは判ってたんだけど...。それに、ワーラへの愛だっていつまで続くことか。この星では"愛の終わり"って概念がないのよ。いずれ大変なことになる筈なんだから。そして、傷心のあたしは十年後、別の星でヘイビルからの巡業を観ることとなる。ステージに登場したのはワーラ、ベンという名の骨のフルートをもって圧倒的な演奏で聴衆を魅了する。え、ってことはベンは?しかし、動揺するあたしの目の前に現れたのは紛れもないベンその人だった...。
'81のネビュラ賞を受賞するも辞退したといういわくつきの名作。酒場で幻想的なダンスを踊るベンとの邂逅を演出するSF的なガジェットなどが楽しめる反面、異世界への憧憬に対する醒めたリアリズムや、恋愛の甘くない現実を容赦なく描き出す筆致は独特のものだ。しかし、何でこの作品が今まで邦訳されていないんだろう?
Bug House(虫の家)
夫と喧嘩したエレンは発作的に家を飛び出して、久しく会っていない独り暮らしの伯母の家を訪れた。海辺の荒れ屋に住まう伯母は見違えるように老いさらばえてみえ、もう長くないのという。そして、闖入する無作法な若者ピーター。いや、どうも伯母と怪しげな関係にあるようだ。混乱しつつも伯母の世話をしようとするエレンは、やがて身も凍るような状況に巻き込まれていく。アイデア的にはむしろ凡庸な作品なのだが、料理の仕方によっては何とも気味悪くやるせない佳作となる、という見本のような一品。
A Cold Dish
妊娠している間、あたしはある古い物語の一場面に取り憑かれていた。裏切った夫をご馳走でもてなす妻。満腹して、さて私の息子はどこかなと言う夫に、笑いながら、たった今あなたが召しあがったわよ。
どこかで読んだ物語か、観た演劇かと思うのだけれど、思い出せないし、調べてもわからない。おかしな夢だ。カウンセラーのカルメンによれば、妊娠中のおかしな夢や暴力的な幻想はよくあることだそうだけど。
あたしは若い部下と関係を持ち、セクシャル・ハラスメントとして裁かれた。下された刑罰は妊娠刑だ。この時代、胎児を安全に取り出し、凍結保存する技術が完成されている。意に添わない妊娠は堕胎ではなく摘出保存され、必要に応じて妊娠の再開や、子供を望む母親の子宮へと移植されるのだ。また、娼婦のような非道徳的な女性への刑罰として、強制的な胎児移植が施行される。だけど、あたしのようなケースで適用されるのははじめてだ。いったい、どうして?
ところが、あたしの妊娠刑には裏があったのだ。あたしに移植されたのは刑を下した判事が不倫でつくった胎児。刑の終了すなわち出産後はまんまと判事夫妻の養子として引き取られる算段というわけ。あたしは誓った。"あたしの"子供をぜったい渡してやるもんですか。
しかし、職を追われたシングルマザーが暮らしていくのは大変だ。疲れ果てたあたしに、援助の替わりに子供を要求する判事。観念したあたしは条件をのみ、話し合いのため家に招く。血のように赤いワインと、ストーブでぐつぐつと煮えた肉料理でかれをもてなすあたし。かれは訊ねる。ところで、私の息子はどこかな?
男と女を題材に厭な話を書かせたら天下一品のリサ・タトル。さて、この話はどんな結末を迎えるのでしょうか。
Flies by Night(めばえ)
クラリスのママは、夜中になると人間の皮を脱ぎ捨てて蠅としての本態を顕し、近所を飛びまわるのだった。そしてクラリスもまた、退屈で馴染めない結婚生活のなかで突き上がってくる衝動に身を任せようとするのだが...。倦怠と嫌悪にまみれた結婚という牢獄から飛翔を試みるクラリスを躊躇させるのは何なのか?メタファーと幻想に満ちた哀しき変身譚である。
A Spaceship Built of Stone(石の宇宙船)
リックは大学の助手で、ジャーナリズム研究会を指導している。ある日、石造りの都市に住む人びとの夢をみたリックは、バスに乗り合わせた娘がたまたま拡げたスケッチブックの中にその夢の光景を見いだした。まあ、その娘とはそれがきっかけでなるようになっちゃうんだけど、実は世界中のたくさんの人々が無作為に同じ夢をみていたのだ。そして、ある考古学者が夢の光景をもとに、太古の遺跡を発掘してしまう。ところが、遺跡の夢に登場した人びとが実際に現れてきて...。SFショート・ショートの方法論の基本に則ったような佳作。
Where the Stones Grow(石の育つ場所)
石が動くのをみた者はかならず死ぬ。この奇怪な伝承は、ポールの幼少時の忌まわしい記憶と結びついていた。ポールの父親は妻子とともにバカンスで訪れたイギリスで、謎の死を遂げたのだ。伝説のホラーアンソロジー"闇の展覧会"に収録された作品。編者によれば、当時のリサ・タトルはオカルト研究や女性運動(全米女性連盟NOW)にも力を入れていたようだ。
Wives(妻たち)
朝、男たちが出かけたあと、妻たちはスキンタイツを脱ぎ捨てて本来の姿に戻る。四本の手と三つの乳房をもった青白い姿態を解放した妻たちは互いに愛を交わす。夕べに戦争を終えて夫たちがこの植民地惑星の我が家に帰ってくるまでの自由なのだ。'79にF&SF誌に本作が掲載された時には、一部の男性読者の激烈な抗議をまきおこしたといういわく付きの作品。(しっかし、もし本作が男性作家の手になってたとしたら、別の方向から抗議がきそうな気もする。「妻」ということばに対するイメージの捉え方にね。)
The Wound(きず)
オーリンはバツイチの教師だ。別れた妻との月に一度の面会も重荷となりつつあるオーリンに、年下の友人ができた。同僚のセスは音楽教師で、愛情や結婚や生物学について夢中になって語り合うのだった。しかしまた、この友情はある危険を孕んでいた。ある朝、オーリンはベッドに少量の血痕を認め、動揺する。きずが開きつつあるのだ...。通常小説めいた導入部に、私たちのこの世界との微かなずれが忍び込んできて、やがて読者は愕然とすることとなる。なんとも不気味で後味の悪い本作は、(特に男性読者にとって)ずっとこころに引っ掛かる作品となるだろう。