短編作品紹介



The Attack of the Giant Baby(巨大な赤ん坊の攻撃)
 博士の培養菌を拾い食いした赤ちゃんはどんどんと巨大化して、街はパニックにつつまれた!シナリオ形式で書かれたパロディ・ギャグの一席である。(以下、扶桑社ミステリー"過去が追いかけてくる"の望月明日香氏による解説より追記)キットはディズニー映画"ジャイアント・ベビー"が短編"巨大な赤ん坊の攻撃"のアイデア盗用であるとの裁判にて勝利を収め、映画のクレジットに小さく彼女の名が出てくるとのこと。

Automatic Tiger(オートマチックの虎)
 うだつのあがらないベネディクト青年はふとしたきっかけで実物大の虎のおもちゃを買った。優雅で敏捷に動くベンガル虎に魅入られたベネディクトは、おれには虎がいるんだ、というだけで自信に満ちあふれた人物に生まれ変わり、成功への階段を駆け上がっていったのだが...。
 寓話仕立ての本作ではある種お約束の展開と結末にいたるのだが、ベネディクトの感情の流れの描写は、文字通り虎の威を借る負け犬のリアリズムに満ちたものとなっている。

Chicken Soup
 ハリーは虚弱で喘息持ちの子供だった。亡くなった父親が財産家であったため、母親は働く必要がなく、総ての愛情をハリーに注いでいた。母子の結びつきは強く、再婚も諦めて神経質な息子を溺愛する母親だったが、やがて度を超した母の執着はストーカーをも思わせる異常な行動へとエスカレートしてきて...。
 New Terrors #1, '80に掲載されたホラー作品。再録されたWeird Woman, Wired Womanに寄せられた筆者のコメントでは、編集者にあなたが最も恐ろしいと感じることについて書いてくれ、との依頼に応えたものだそうだ。

The Food Farm(肥育学園)
 主人公は過食症と極度の肥満により施設に放りこまれた女の子。果てなき食欲と摂食の過剰なまでの描写と非人間的な施設の情景。慰問にきたロックスターのもとへとつめかける娘達は"何万キロもの上気した肉塊"と形容される。キットの筆はあくまでも残酷かつ冷静に、不気味なユーモアをもってこの奇妙な物語を紡いでゆく。

Great Escape Tours, Inc.(大脱出観光旅行(株))
 ファーマン&マルツバーグ編の"究極のSF"に不死テーマとして執筆された作品。ウイリアムス公園の木陰のベンチには毎日朝から座り込んで大脱出観光旅行に出かける人々をみつめるダン・ラドフォードたちの老人グループがあった。ダンたちは純粋に金銭的な問題でこの旅行に参加できなかったのだが、出かけた人たちは誰もの若かった時点に連れ戻してくれるといわれており、なぜに誰もがそこに止まらず帰ってくるのか不思議に思っていた。日々の身体や容姿の衰えに喘ぐ彼らは、ついに実力行使による大脱出観光旅行ジャックを企んだのだが...。
 キットの描く老人の描写には容赦がなく、老人たちの欲求や意識は切実でグロテスクである。明らかなSFの道具立てとシチュエーションを背景としていても、決して単なるアイデア・ストーリーとは次元の異なる読後感が得られるのはこうした細部の筆遣いと静かなテーマ性の主張があるからだろう。

Judas Bomb(ユダの爆弾)
 若いギャングどもが支配する時代。二十歳になると死ななきゃならない掟があって、臆病で死ねない男は堅気の村で馬鹿みたいに働いてギャングどもに仕えるのだ。さて、ハイポ・ギャングたちは敵対するユダ・ギャングが爆弾を手に入れたことを知り、爆弾の奪取に向かった。こいつは均衡を崩すこととなる。そして、彼らに爆弾を与えたのは世界を大人の手に取り戻そうと企むおっさんどもだった...。

The Vine(ぶどうの木)
 何世紀もの間にわたって、バスキン一族は代々ぶどうの巨木の世話をする宿命を背負っていた。周囲数百メートルにわたる土地の養分を吸いつくすぶどうの木は近隣の農夫たちの憎悪と畏怖を集めていたが、やがてぶどうの木を参観する人々の増加とともに一大観光地と化したこの谷の住民たちは、農業を捨ててぶどうの木へと依存する生活に安住するようになっていった。本編の主人公チャールズ・バスキンの登場はこうした繁栄の時代にあたり、聖書の例えのごとくぶどうの木の下で安寧に暮らせるものと思われたのだが...。
 前半に淡々と語られるぶどうの木とバスキン一家の歴史を背景に、後半はチャールズと新妻のメイダを中心にバスキン家とぶどうの木の忌まわしくも逃れがたい奇妙な関係が見え隠れしながら、救いのない破局へと展開していく。

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