コニー・ウィリスによる序文

(Weird Women, Wired Women)

 私が最初にキット・リードの作品に触れたのは13歳の時でした。ちょうどSFというジャンルを発見したばかりのこと。図書館で背表紙のタイトルに宇宙船やら原子やらの文字がある本なら総て読み尽くしていってて、年刊SF・ファンタジイ傑作選の第二集を取り上げたのです。その作品、"お待ち"が掲載されていました。それは、とてつもなく私を恐がらせることとなりました。
 当時は誰がその作品を書いたのか、何て事は全然憶えてませんでした(て言うか、たぶん、そもそも作品に作者なんてものがいるってことさえ解ってなかったみたいです)。だから、この作品がキット・リードの手になるものとは知らなかったのです。ずっと後になって、私自身が作家となってから「あなたの好きな作家はだあれ?」と尋ねられた時のこと、私は言いよどみながら「素晴らしいお話があるのよ...娘と母親の物語で...その町じゃあお医者が全く信用できなくって...」それから、私が年刊傑作選の山をひっくり返して見つけ出したのが、"お待ち"。キット・リード作、となっていました。
 さらに吃驚し、かつ嬉しかったことは、私の大好きな他のたくさんの作品もまた、キット・リードのものだった、ということが判ったのでした。"オートマチックの虎"、"The New You"、"肥育学園"などなど。
 それから私のとった行動はもちろん、手に入る総てのキット・リードの作品を集めはじめ、さらに彼女の名前が載っているものはみんな眼を通すようにしたのです。このお仕事、序文の執筆依頼には飛びつきました。これで、総ての作品を今一度読み返さなきゃならないわっていう、私自身に対する言い訳になるから。また、未だ読んでなかった作品が見つかるかもっていう期待もありました。
 そう、あったのです。それは"Frontiers"で、どういう訳か読み逃していた作品でした。私はそれを読み、"Last Fridays"や"Chicken Soup"を再読し、"お待ち"にいたっては数え切れない回数目の読み返しをしたのです。そして解ったのは、総てのキット・リードの作品はとてつもなくあなたを恐がらせることとなるでしょう、と言うこと。
 これは、キット・リードがホラーの名人----疑いようもなくそうなのですが----だからっていうわけじゃないのです。彼女はしばしばシャーリイ・ジャクスンになぞらえられますし、ヒッチコックをも思い起こさせます。それは、彼女の才能、最も善良でありふれたことがら----子犬や、色つきの毛糸玉、母親の愛情など----を扱ってそれらの昏い内面を剔り出す、という才能によるもの。
 でも、ここにはホラー以上のものがあります。例え人狼を扱った作品の中にも、怪物性とともに無力感や悔悟があるのです。"お待ち"のラストには寒気とともに安堵感も感じられます。
 そして、キット・リードが異なった傾向の作品を書いたとき----"Like My Dress"の鋭い風刺、"Cynosure"のグレイシー・アレネスク笑劇、"Pilots of the Purple Twilight"のほとんど哀歌とでも言うべきもの----それらも、やはり、とてつもなく私を恐がらせることとなるのです。
 それは、彼女の物事を見る眼が、他の誰とも異なっているからなのでしょう。彼女の見ているものは私たちみんなと同じもの----子供を溺愛する母親、整形美顔術、家具の艶出し剤----それらに何か新しく不思議なものを見いだすのです。そう、不安になるくらい、日常的なものに。
 彼女は華やかなミス・アメリカのショーを眺め、"On Behalf of the Product"をみてとります。母親が訪ねてくれば、"The Mothers of Shark Island"をこしらえるのです。"Empty Nest"はこれまだ書かれたいかなるempty-nest-syndrome(訳注・空の巣症候群、すなわち子供が独立した後に、残された親がかかる鬱病的神経症)のお話とも異なったものです。太った女の子とロック・アイドルと十代ののぼせあがりをみれば、他の誰とも全く違ったかたちで危険をみてとります。ネリーが、トミー・ファンゴがほんとうに彼女を愛することがありえるなんて信じている。その、よくない影響に私たちは気をもみます。しかし、ネリーの幻想は願望充足に過ぎず、その願いをかなえることがかくも恐ろしい副作用を生み出すなんて、私たちには想像も及ばないのです。
 だけども、彼女は人狼や脂肪吸引術や、自分は養子だと信じるティーンエイジャーたち----彼らの親だと主張する人びとと係累があるとはどうしても思えないから----に対し、何か新たな視点をもちこむだけじゃあないのです。彼女はまた、稀有な才能を持っています。幻想的で隠喩に満ちた状況を築きあげ、そこから彼女が何をみているのかを私たちに披露してくれるのです。それは、肥育学園であり、ド・イフ城であり、顔の公会堂であり、失踪した良人たちを妻たちが永遠に待ち続ける収容所。それらは、識閾下に視えるもの、あるいはぼんやりとした具象として創りあげられます。そして、さらなる稀有な才能。どこまでも日常的な背景----台所や戸棚や眠たげな南部の町----をとりあげては、ゆっくりと、気付かれないうちに、それらを何か別のものへと変貌させてしまうのです。
 リードが私に思い起こさせるのはシャーリイ・ジャクスンでもヒッチコックでもなく、フィリップ・K・ディックの"追憶売ります"です。この作品では、あなたの足下が崩れ落ちて別の隠されていた現実が顕わになり、さらにまた別の現実が...。
 キット・リードの作品だけなのです。足下の床の下のまた下にはさらなる階層はなく、ただ底知れぬ奈落が口を開けているのは。
 "The New You"では、ずんぐりとして自信のない女性が、夫がずっと望んできたこと----すらりとして美しく、洗練されている----を求め、雑誌の広告からまさにそのものを獲得するのです。他の人びとの手によれば、この作品は欺瞞と些細なことに拘泥する社会へのささやかな寓話としてできあがったことでしょう。でも、キット・リードにとってそれはただ表層にしか過ぎません。その下に隠された別の表層、異なる階層が在るのです。そして地階とさらにその下が。驚愕に次ぐ驚愕が。
 あなたが最初に物語を読んでいだく感想はたいていいつも間違っています。「ああ」"The Bride of Bigfoot"のような作品に取りかかって、あなたは思います。「これは女性の抑圧と、解放の必要性についての話なのね。」夫の言うことを聞くにつれ、家庭の内と外のけものについての話のようにも思えてきて、あなたは考えます。「ああ、女性を所有物であるとみなす男性の告発ね。」そういったことがらは、確かに作品の中に存在しています。でも、安心するのはまだ早いのです。そうした意見をもって共感をいだくのは。なぜなら、より複雑でなおかつ問題提議をはらんだお話なのですから。
 キット・リードの真の才能は、ものごとの本質をまっすぐと見通す能力にあります。上っ面の裏側に、現実の下層に隠れているものをみいだす鋭い眼。それこそが、ディテールや会話の冴えた描写、風変わりな洞察力、幻想的な状況設定をさしおいて、キット・リードの作品を比類なきものとしているのです。彼女は真実をまっすぐ見通します。そして、その真実がいかに複雑なものであるかを理解するのです。
 シャーク島(Shark Island)にて母親が子供たちにいだく愛情は破壊的であり、同時に気高くもあります。顔の公会堂(Hall of Face)で女性たちが自らに行うことは、時に社会が彼女たちに行うことよりも悪い結果を生みます。あなたは誰かの帰還を望み、かつ恐れるのです。自由と死、迫害と共謀、愛と憎しみ。これらは時に解きほぐせない程絡み合って認められます。
 "Songs of War"は、この選集での私のお気に入りです("お待ち"は別格。これほどの時間を経て、あまたの作品を読んできた後でさえ、私には客観的な批評の対象として接しえないってことがはっきりと解っているからです)。この作品では、キット・リードは総ての才能をもって女性運動を探求しています。彼女以外の誰の手にかかっても、女性がその権利とより良い世界のために戦場に赴く、というこのお話は論争を呼ぶこととなったでしょう。もしくは告発かしら。
 でも、これはキット・リードの作品なのです。地平にけぶる煙幕や野営地の反乱、そして砲火。これら実際の戦闘を描き出すことによって、このお話を活き活きと真に迫ったものにしている、それだけじゃないのです。その動機が、全くもって高潔って訳でもない微妙なところへとつっこんでいきます。それは時に自己の正当化であり、また、ありえないことへの切なる憧れ----みんなが満たされて、炊事番になんて当たらない世界。
 けれども、彼女はそれだけでは止まりません。これは、単に女性運動についてのお話ではないのです。"Songs of War"はまた、あらゆる理由をもった志願兵みんなの混然とした動機と曖昧な志し、総ての戦争における幻滅と恐るべき影響と避けられぬ結果についての物語なのです。
 キット・リードが扱う問題はいつも、複雑で不条理な状態におかれた人間についてです。そして、この作品集"Weird Women, Wired Women"ではあなたを笑わせ、不安にさせ、考えさせるような形でそれを提示してくれます。さらに、もっともっと読みたいって気持ちにもさせてくれるのです。
 あなたはまた、読みたくなるでしょう。彼女の素晴らしい長編"ドロシアの虎"、"Fort Privilege"、"The Ballad of T. Rantula"を。まったく独創的なサスペンス小説(キット・クレイグ名義で書かれた)"過去が追いかけてくる"と"Twice Burned"を。そして、とりわけ彼女の短編群を。こんな短編集が編まれています。"Thief of Lives"、"The Attack of the Giant Baby"、"The Revenge of the Senior Citizens"。私のおすすめは、"Mister Da V"、"Final Tribute"、本当に大好きなお話"大脱出観光旅行(株)"と"ぶどうの木"、"ユダの爆弾"に"巨大な赤ん坊の攻撃"。
 どの作品も、あなたを驚かせ、心を乱し、思いもしなかったことがらを示してくれることを保証します。そして、とてつもなくあなたを恐がらせるってことも。




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