Report to the Men's Club


2002年にSmall Beer Pressより刊行





 '02, ISBN: 1-931520-02-X

 本短編集は長編"The Mount"とともにP.K.ディック賞にノミネートされ、"The Mount"で受賞した。また、ネビュラ受賞短編"Creature"も収録されている。近年のエムシュの活躍はまさに、スーパーおばあちゃまといった感じだが、奇しくも本短編集の冒頭を飾る"Grandma"は、かつてスーパーガールだったおばあちゃんと暮らす孫娘の話。老いてなお元気に大活躍するスーパーおばあちゃんって話じゃぜんぜんないところが、いかにもエムシュらしい。
 収録作は20ページ程度までの短編18編と、中編"Venus Rising"(「ビーナスの目覚め」としてSFマガジン'03 9月号に掲載)。SF色の薄い作品も多く、スーパーガールやら遺伝子操作による怪物やら異星人による拉致やらUMAやら、SFっぽい道具立てを用いた作品でも読後感はジャンルSFのそれとは異なっている。ストーリー性やプロットよりも、流麗で瑞々しい文体−−ほとんどの作品が一人称で語られる−−から徐々に浮かび上がってくる異様な情景が鮮明化したときの衝撃が、読者の心を打つのだ。エムシュの文体は現在形を多用し、平易な単語で心地よく綴られていく。一人称の語りは、いわゆる「信用できない語り手」の手法だ。邦訳のある"Adapted"(順応性)や、代表作のひとつ"The Circular Library of Stones"では、女性の揺れ動く生理と感情の変化、あるいは老齢と固執がもたらす幻想の世界が、あくまでも些細な日常の情景や行動から垣間見えてくる。しかし、読者はこの異界の情景やAlienたちと、語り手の主観を通してしか出会えない。そして、語り手の持つ哀しみや喪失感、思いこみもしくは偏執を同時に取り込んでいくこととなる。本作品集の収録作でも、多くにこの手法が用いられている。
 語り手は、たいがい何らかの喪失感(失ったもの、あるいははじめから持ち得なかったもの)を抱いている。スーパーガールの孫娘なのに何の取り柄もないあたしは、こっそりとおばあちゃんのコスチュームを纏い、小動物や雑草などを「救出」する毎日を過ごしている。一方で、老いさらばえたスーパーガールは、昔日の栄光を忘れられない。ふたりがやがて至る予定調和的な悲劇からは、悲しみよりもむしろ哀しみがたちのぼってくる。("Grandma") ささやかにいがみあいながらも、まあ平和に日常を暮らす嫁きそびれた初老の姉妹。彼女たちの欠落は、ありえたかもしれない結婚生活の幸福だ。寝室でこっそりと女性雑誌のセックス特集を読み耽る妹が求めていたのは、文字通りのセックスではなかったのだろう。しかし、果樹園でみつけた奇妙な生物、羽と屹立した男根を持つ牧神の眷属を地下室で飼いはじめたとき、それなりに安定して穏やかだった生活は壊れ始める。("Mrs. Jones") わたしは、ふとしたきっかけで二流の芸術家たちのコミューンを発見し、人里離れた峡谷へと押し掛けていく。自身が芸術家でありながら才能に恵まれていないわたしは、かれらを守るためのパフォーマンスとして爆死を図ろうとするのだが...。滑稽なシークエンスを重ねながらも、読後感はやはり何かもの哀しい。自らも芸術を専攻してフランスにフルブライト留学したエムシュの嗜好が活かされた作品だ。("It Comes from Deep Inside") 幼少時の事故により矮小な身体のわたしは天才的なバイオリン奏者だが、悪魔が乗り移ったかのような超絶技巧は酒場のバンドでは受け入れられず、何度も袋叩きにあう羽目になる。不遇の天才が理解と愛を得る物語は、欠落感からくる自虐、そして相反する自尊と葛藤の物語でもある。("The Paganini of Jacob's Gully") ネビュラ受賞作の"Creature"(「ロージー」としてSFマガジン'04 3月号に掲載)と、その前日談の"Foster Mother"は別稿に。

収録作品:
 Grandma
 The Paganini of Jacob's Gully
 Modillion
 Mrs. Jones
 Acceptance Speech
 One Part of the Self is Always Tall and Dark
 Foster Mother (review)
 Creature (ロージー) (review)
 The Project
 It Comes from Deep Inside
 Prejudice and Pride
 Report to the Men's Club
 Overlooking
 Water Master
 Abominable
 Desert Child
 Venus Rising (ビーナスの目覚め)
 Nose
 After All

原書カバーへ